悪性リンパ腫には、一部遺伝的要因があることが既報により示唆されている。しかし、悪性リンパ腫の大規模ゲノム解析データは少なく、遺伝的要因に基づく分類は確立されていない。そこで、理化学研究所生命医科学研究センター基盤技術開発研究チームの碓井喜明氏らの研究機関から成る共同研究グループは、国内の悪性リンパ腫患者と非がんの対照者のDNAを用いて世界最大規模の症例対照研究を実施。ゲノム解析の結果、悪性リンパ腫には単一遺伝子疾患型が存在する可能性が示されたとCancer Sci(2022年9月5日オンライン版)に発表した。

4万人超の血液を解析、遺伝性腫瘍関連遺伝子を評価

 悪性リンパ腫は最も頻度が高い造血器腫瘍の1つで、2020年時点で世界の推定患者は63万人に上る。医療技術の進歩に伴い、悪性リンパ腫患者の予後は大きく改善しており、日本における5年生存率は48.5%(1993~96年)から67.5%(2009~11年)に向上している。悪性リンパ腫は約70種類の病理組織型に分類されるが、一部遺伝的要因があることが示唆されており、疾患と遺伝子要因の関係を明らかにすることで、各病理組織型に対する診療の最適化や予後の予測が実現できる可能性があるという。

 今回、研究グループは世界最大級のバイオバンクであるバイオバンク・ジャパンが収集した悪性リンパ腫患者(悪性リンパ腫群)2,066例と非がんの対照群3万8,153例の血液検体からDNAを抽出。理化学研究所が独自に開発したゲノム解析手法を用いて乳がん前立腺がん膵がんなどの発症に関連する27個の遺伝性腫瘍関連遺伝子を評価した。その結果、4,850個の遺伝子バリアントを同定し、うち309個が病的バリアントと判定した。

4種の病的バリアントがリンパ腫患者群との関連示す

 次に、研究グループは病的バリアントと悪性リンパ腫発症の関連を解析した。病的バリアントの保持率を対照群と比較し、オッズ比(OR)を算出したところ、BRCA1(OR 5.88、95%Cl 2.65~13.02、P<1.27×10-5)、BRCA2(同2.94、1.60~5.42、P=5.25×10-4)、ATM(OR 2.63、1.25~5.51、P=1.06×10-2)、TP53(5.22、1.43~19.02、P=1.23×10-2)の4つの遺伝子で有意な関連が示された()。悪性リンパ腫群における病的バリアント保持率は1.6%だった。

表. 病的バリアント別に見た悪性リンパ腫の発症リスク

病的バリアントとリンパ腫患者群・対照群との関連.png

 悪性リンパ腫群におけるがんの家族歴と病的バリアント保持の関係を解析したところ、保持者の方が非保持者より乳がん家族歴と卵巣がん家族歴を有する割合が多かった(それぞれ22.6% vs 4.9%、6.5% vs 0.5%)。

マントル細胞リンパ腫で9.1%が病的バリアントを保持

 続いて、悪性リンパ腫の病理組織型別にBRCA1BRCA2ATMTP53の病的バリアントの影響を評価した。その結果、マントル細胞リンパ腫では9.1%が病的バリアントを保持し、発症との有意な関連が示された(OR 21.57、95%Cl 7.59~61.26、P=8.07×10-9、)。また、びまん性大細胞B細胞性リンパ腫についても症状と有意に関連していた(同3.96、2.28~6.86、P=9.55×10-7)。

図. 病的バリアントと各病理組織型との関連

病的バリアントと各病理組織型との関連.png

(図、表とも理化学研究所プレススリリースより)

 マントル細胞リンパ腫は、リンパ腫のマントル層を構成するB細胞と同じ形質を持つ異常な細胞が増殖するタイプで、日本では悪性リンパ腫患者の約2%を占めるといわれる。今回同定したBRCA1 2の病的バリアント16個を既報の胆管がん、乳がん食道がん胃がん卵巣がん膵がん前立腺がん患者と比較したところ、4個は悪性リンパ腫患者でのみ認められた。

 研究グループは「世界最大規模の症例対照研究で、悪性リンパ腫の病的バリアントを評価した結果、マントル細胞リンパ腫の中に単一遺伝子疾患型が存在する可能性も示された。解析によって得られた情報は、悪性リンパ腫の分類、診療ガイドラインの作成、診療の精度向上、原因遺伝子の治療法開発など、悪性リンパ腫のゲノム個別医療体制の構築に寄与することが期待できる」と展望している。

(植松玲奈)