世界的な人口の高齢化に伴いアルツハイマー病(AD)患者が急増しているが、いまだ有効かつ安全な治療法はなく、開発が待望されている。東北大学大学院循環器内科学分野客員教授の下川宏明氏らの研究グループは、早期AD患者を対象に低出力パルス波超音波(LIPUS)治療の有効性と安全性を検討する探索的治験を実施。有効性を示唆する結果が得られたことをTohoku J Exp Med2022年9月15日オンライン版)に発表した(関連記事「認知症への超音波治療、治験を開始」)。

動物モデルでLIPUS治療の作用機序を解明

 研究グループは2009年に超音波を用いた治療法の開発に着手した。これまで、ADおよび脳血管性認知症モデルマウス実験においてLIPUS治療が有効かつ安全であること、その作用機序は血管拡張因子である脳内の一酸化窒素(NO)を増加させること、微小血管の内皮細胞における内皮型一酸化合成酵素(eNOS)の発現亢進を介してNOの産生を亢進、微小循環障害を改善させることなどを明らかにしている。

 これらの成果に基づき、早期AD患者を対象にLIPUS治療の有効性と安全性を検証する世界初の医師主導探索的治験を実施した。

ロールイン試験とRCTで構成

 対象は、臨床的認知症尺度グローバルスコア(CDR-GS)が0.5~1.0、Mini-Mental State Examination日本版(MMSE-J)が20点以上の早期AD〔軽度認知障害(MCI)+軽症AD〕患者とした。LIPUS治療または脳MRI検査が受けられないGlasgow Coma Scale(GCS)12点未満の者、12週間以内に脳微小出血脳梗塞脳出血、全身疾患(心不全、肝不全、腎不全他)などの症状がある者、認知機能に影響を及ぼす可能性がある薬剤を使用している者は除外した。

 LIPUS治療には特殊な条件のパルス波超音波を用い(図1-A)、ヘッドギア型プローブを両側のこめかみに装着し(図1-B)、20分間の全脳照射を5分間の休憩を挟んで計3回、合計60分間施行した。60分間の治療を隔日で3回実施し、これを1クールとした。

図1. LIPUS治療の照射条件と装置の外観

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 今回の探索的治験は、安全性を確認するロールイン試験(1クール)、有効性と安全性を検討するランダム化比較試験(RCT、3カ月間隔で計6クール)から成る。RCTの主要評価項目は、72週時におけるAD評価尺度認知機能下位尺度(ADAS-J cog)で評価した認知機能のベースラインからの変化量とした。

 ロールイン試験には5例(男性4例、女性1例、平均年齢70.8±9.5歳、MMSE-J 24.8±3.4点)が参加し、全例が問題なく1クールを終了した。RCTでは40例を登録する予定だったが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、22例で登録を中止。対象をLIPUS群とプラセボ群に1:1でランダムに割り付けた。

検出力不足も、LIPUS群で良好な成績

 LIPUS群では1例が脱落し、プラセボ群では3例が同意を撤回、3例が脱落したため、完了者はそれぞれ10例、5例だった。ADAS-J cogスコアで評価した両群の認知機能の差は、経時的に大きくなる傾向が認められた(図2)。

図2. ADAS-J cogで評価した認知機能の経過

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(図1、2とも東北大学プレスリリースより)

 しかし、主要評価項目とした72週時では症例数が少なく有意差は示されなかった(P=0.257)。研究グループは「当初の予定通り、40例を登録できていれば有意差が検出できたと推定される」と考察している。

 ADAS-J cogがベースラインから「悪化なし」または「改善した」症例を有効例と定義して評価した。その結果、72週時の有効例はプラセボ群では1例もいなかったのに対し、LIPUS群では5例だった(P=0.053)。また、両群とも脳の構造に対する副作用は認められなかった。

 以上を踏まえ、研究グループは「LIPUS治療の早期AD患者に対する安全性が確認され、有効性を強く示唆する結果が得られた。治療回数を重ねるにつれて有効例が増加したことから、治療効果が長期に維持され認知機能の低下を遅らせるだけでなく、改善させる可能性もある」と結論。「今後、症例数を増やした検証的治験で再検証する必要がある。また、基礎研究においてADだけでなく、脳血管性認知症にも有効性と安全性が示されており、さまざまな病型の認知症患者における認知機能の改善が期待される」と付言している。

(小野寺尊允)