ダウン症候群(DS)は出生児800人に1人に見られる遺伝的疾患であり、知的障害を伴い治療法はほとんどない。一方、DSと一部類似した病態を呈するカルマン症候群はゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)の分泌量の低下が原因であることが分かっている。そこで、フランス・University of LilleのMaria Manfredi-Lozano氏らはDSの成人患者にGnRHを投与したところ、認知機能の改善が認められたとする研究結果をScience(2022;377:eabq4515報告した。

DSの認知機能低下に治療法なし

 DSは遺伝子量の増加や遺伝子発現の変化と関連し、さまざまな臨床的、神経学的症状を引き起こす。神経回路における情報処理を効率化する髄鞘の形成不全のため、アルツハイマー病様の症状を呈し認知機能が低下する他、思春期前から神経変性疾患に特徴的な嗅覚の低下や、男性の性成熟障害、不妊症を来すこともある。しかし、現時点でこれらに対する有効な治療法はない。

 一方、近年の研究で嗅覚障害や二次性徴の進行不全、不妊症などDSと類似した病態を呈するカルマン症候群は、GnRHの分泌量の低下によって生じることが示されている。また、GnRHは視床下部の特殊な神経細胞から分泌され、全ての哺乳類で生殖を制御するとともに、高次脳機能にも関与していることが示されている。そこでManfredi-Lozano氏らは、DSモデルマウスを用いてGnRHと嗅覚および認知機能障害との関連を解析。さらにDS患者に対するGnRHのパルス投与の有効性についても検討した。

嗅覚への影響は認められず

 Manfredi-Lozano氏らは、ヒト21番染色体に類似したマウス16番染色体の一部をトリソミーとして保持するTs65Dnマウス(DSマウス)を使用。三次元イメージング手法(iDISCO)などを用い、GnRHの分泌量低下はGnRHの成熟に関与するマイクロRNA(miRNA)とGnRHを制御するスイッチとなる調節因子の機能障害に伴う現象であることを突き止めた。また、miRNAと調節因子の変化は、髄鞘形成およびシナプス伝達に関与する標的遺伝子の変異にも関連することが示された。

 そこで、DSマウスの視床下部においてmiRNAのうちmiR200を過剰発現させると、遺伝子発現の変化とともに嗅覚および認知障害の改善が示された。さらに細胞療法、エピジェネティック療法および薬物療法などによりGnRHの機能を回復させると、嗅覚および認知機能障害が改善することも確認した。

 これらの結果に基づき、DSの成人男性患者7例(平均年齢26.4±2.3歳)を対象に6カ月間にわたりGnRHをパルス投与する非盲検パイロット試験を実施した。その結果、7例中6例で認知機能が改善し、4例で言語理解の向上が認められた。一方、嗅覚への影響は認められなかった。

 同氏らは「GnRHは、嗅覚と認知機能において重要な役割を果たしていると考えられる。また、GnRHのパルス療法はDS患者の認知機能を改善する治療法として有望である」と述べている。

(編集部)