アルツハイマー病(AD)の発症原因はアミロイド斑の主成分であるアミロイドβ(Aβ)の蓄積ではなく、可溶性Aβ(Aβ42)の減少によるものである可能性が示されたと、米・University of Cincinnatit/スウェーデン・Karolinska InstituteのAndrea Sturchio氏らが発表した。ADの発症原因として「アミロイド仮説」が長年支持されてきたが、これに疑問を投げかける新たな理論だ。同氏らは、ADの高リスクとなるまれな遺伝子変異を有するAβ陽性者108例を対象としたコホート研究で、脳脊髄液(CSF)中の可溶性Aβ42濃度が高い者ほど認知機能低下リスクが低かったとJ Alzheimers Dis(2022年10月4日オンライン版)に発表した。
不溶性Aβの形成により可溶性Aβが減少
ADの発症原因としてAβが脳内の神経細胞外に蓄積してアミロイド斑を形成し、最終的に神経細胞死に至らしめるアミロイド仮説が長年広く受け入れられてきた。しかし、脳内にAβの蓄積が見られる高齢者が必ずしも認知症を発症するわけでなく、またAβ除去を目的とした新薬の相次ぐ開発の失敗から、この仮説を疑問視する声も上がっている。
アミロイド斑とは、Aβが可溶性から不溶性の状態へと不可逆的に変化することにより生じた最終生成物をいう。不溶性Aβの形成が進むと、可溶性Aβは消費されて減少する。これは正常なAβから異常な蛋白質(Aβの凝集体)に変化するために生じる現象だ。Sturchio氏らは、不溶性Aβの蓄積は単にCSF中の可溶性Aβ42濃度が低下した結果であり、可溶性A42の減少こそがADの原因との仮説を立てて検証した。
対象は、優性遺伝アルツハイマー・ネットワーク(Dominantly Inherited Alzheimer Network;DIAN)に参加したAD原因遺伝子の変異(APP、PSEN1、PSEN2)を有し、ベースラインでPittsburgh compound-Bを用いたアミロイドPET(PiB-PET)の標準化取り込み値比(SUVR)が1.42以上のAβ陽性者108例(平均年齢41.0±10.4歳、女性50.9%、平均SUVR 2.5±1.0)。
可溶性Aβ42の高濃度例ではADの発症リスクが大幅に低下
平均3.3±2.0年の追跡期間中に、臨床認知症評価尺度Clinical Dementia Rating(CDR)のスコア上昇に基づく認知機能低下が43例(39.8%)で認められた。
AD発症時の年齢、性、教育レベル、アポリポ蛋白(apo)Eε4アレル保有、追跡期間を調整後の解析では、Aβ陽性者における認知機能低下リスクは、PiB-PETのSUVR高値例に対し低値例(調整後相対リスク0.81、95%CI 0.68~0.96、P=0.018)で低く、CSF中可溶性Aβ42濃度の低値例に対し高値例(同0.36、0.19~0.67、P=0.002)でリスク減少幅がより大きかった。
CSF中可溶性Aβ42濃度はPiB-PETのSUVR、CSF中リン酸化タウ蛋白質(p-tau)、総タウ蛋白質(t-tau)よりも強い認知機能低下の予測因子だった。
認知機能低下の予測因子も発見
Aβ陽性者におけるCSF中可溶性Aβ42濃度は、認知機能低下例(218.73±17.22pg/mL)に比べて非低下例(297.73±13.66pg/mL)で有意に高かった(P<0.001)。
受信者動作特性(ROC)解析の結果、PiB-PETのSUVRにかかわらず、CSF中Aβ42濃度270pg/mL未満は認知機能低下の予測因子だった(曲線下面積0.805、感度72.2%、特異度74.5%)。また、CSF中Aβ42濃度270pg/mL未満の者に比べて270pg/mL以上の者では、追跡期間中の無増悪生存期間が有意に長かった(P=0.002)。
CSF中Aβ42濃度が高くなるほど海馬の容積および楔前部のFDG-PET取り込みが大きくなり、SUVR低値、p-tau低値、t-tau低値よりも増加幅が大きかった。
なお、別のグループによる研究報告では、AD患者に対するβセクレターゼ(BACE)阻害薬の投与により脳内の可溶性Aβ42濃度が低下すると、Aβ量の変化にかかわらず認知機能が低下したこと明らかにされている。
以上を踏まえ、Sturchio氏らは「AD原因遺伝子変異を保有するAβ陽性者において、CSF中可溶性Aβ42高値は認知機能障害の進行リスク低下と関連し、正常認知機能の予測因子であることが示された」と結論。「認知機能低下の強い予測因子は脳内Aβおよびタウ高値ではなく、可溶性Aβ42低値だった」とした上で、「AD患者の脳内における神経細胞毒性は、Aβの蓄積ではなく主に可溶性Aβの減少を介して引き起こされている可能性がある」との見解を示している。
(太田敦子)