キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T)療法は、既存治療が奏効しない一部の症例において高い治療効果を発揮する一方、サイトカイン放出症候群(CRS)など特有の合併症の管理に難渋するケースが少なくない。京都大学病院血液内科の中村直和氏〔現・神鋼記念病院(神戸市)〕と検査部・細胞療法センターの新井康之氏らは、CRS発症前の血清無機リン(iP)値に着目。びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)患者を対象に、CAR-T投与前日と投与3日後の臨床検査値の変動を解析したところ、血清iP値はCRS発症および重症化の有用な予測マーカーであることが分かったとBr J Haematol(2022年10月11日オンライン版)に発表した。
CRS発症の1日前に血清iP値が低下
DLBCLはリンパ腫で最も発生頻度が高く、約3割を占める。CAR-T療法は再発・難治性DLBCLに対する有用な治療法の1つだが、CRSをはじめとする合併症の管理が臨床課題となっている。より効果的にCAR-T療法を施行する上でも、CRSの発症と重症化を予測するマーカーが求められているが、CAR-T療法施行患者におけるCRSの予測マーカーはいまだ確立されていない。
中村氏らは、これまでの経験から「CRS発症前には血清iP値が低下する」との仮説を立てて検証した。
対象は2018~21年に京都大学病院でCAR-T製剤チサゲンレクルユーセルまたはリソカブタゲン マラルユーセルを投与したDLBCL患者48例〔女性25例、男性23例、年齢中央値59歳(範囲20~73歳)〕。CAR-T投与前日と投与3日後の臨床検査値の変動を解析し、CRS発症および重症化との関連を検討した。
CRSは48例中46例(95.8%)に認められ、CAR-T投与から発症までの中央値は3日(範囲1~6日)だった。臨床検査値のうち、CAR-T投与後に10%以上の変動が見られた血清iP値、カリウム値、マグネシウム値の3項目とCRS重症度の関係を解析したところ、血清iP値との有意な関連が示された(P<0.01)。
血清iP値はCAR-T投与翌日から低下し始め、4日後には最低値となり、3週間程度で投与前の値まで回復していた。血清iP値の低下はCRS発症の1日前に認められた(図)。
図. CRSと血清iP値低下の相関
(京都大学プレスリリースより)
血清iP値の低下に伴い、PTHなどが二次的変動
さらに血清iP値低下の原因を探るため尿検査を行ったところ、全例で尿中へのiP排泄亢進が認められた。リン動態に関わる既知のホルモンである副甲状腺ホルモン(PTH)、活性型ビタミンD3、線維芽細胞増殖因子(FGF)23の変動を調べたところ、いずれも血清iP値の低下によるものと考えられる二次的変動が観察された。
以上を踏まえ、中村氏らは「CAR-T療法を施行したDLBCL患者では、血清iP値がCRS発症および重症化の有用な予測マーカーになりうること、血清iP値のモニタリングが合併症管理の一助となる可能性が示された」と結論。その上で「体内での急激なサイトカイン産生を契機として、未知の機序により腎尿細管からのリン再吸収が抑制されたと考えられる。この知見は、体内のリン動態制御機構の解明に資するものだ」と付言している。
(小野寺尊允)