球脊髄性筋萎縮症(SBMA)はX連鎖性劣性(潜性)遺伝性の神経難病で、男性のみに発症する。国内の推定患者数は2,000~3,000例とされ、30~60歳に好発し、主な症状は手足や顔の筋萎縮、筋力低下である。アンドロゲン受容体の遺伝子異常が原因であり、病態の解明に伴い治療法の開発が盛んになっている。治療法開発のプロセスにおいては重症度の評価指標が重要だが、いまだ確立されていない。名古屋大学大学院神経内科学分野客員研究者の稲垣智則氏、同教授の勝野雅央氏らは、既存の評価指標を用いた定量的な測定結果の組み合わせ(計算式)により、SBMAの症状の特徴や進行状況を正確に反映する複合的評価指標SBMAFCを開発したとSci Rep(2022; 12: 17443)に発表した(関連記事「SBMAへのリュープロレリン治療を検討」「球脊髄性筋萎縮症、メキシレチンで改善」)。
感度良好かつ簡便な新規評価指標の開発
SBMAでは四肢の筋力低下、筋萎縮、嚥下障害などが生じ、徐々に進行していく。根治療法はないものの分子レベルで急速に病態解明が進んでおり、疾患修飾薬の開発が活発に行われている。しかし、新規治療薬に期待される効果は進行抑制であるため、比較的緩徐に進行するSBMAでは症状の小さな変化を高感度に検出できる簡便な評価指標が必須となる。
これまで、SBMA機能評価尺度(SBMAFRS)や改訂版筋萎縮性側索硬化症機能評価尺度(ALSFRS-R)などの運動機能を総合的に評価する指標が用いられていたが、感度や信頼性に乏しかった。一方、握力や6分間歩行テストなどの客観的な指標は客観性・定量性が高いものの、特定の身体部位の身体機能しか評価できないという短所があった。
そこで稲垣氏らは、両者の長所である定量的な測定結果を組み合わせて、複合的評価指標SBMAFCを考案した。
早期SBMA患者の微細な症状も検出
稲垣氏らはまず、SBMAの評価に用いる定量的な評価指標を選定。重症度の判定には、発話、嚥下、上肢、体幹、下肢、呼吸の症状を組み合わせた評価が必要であり、舌圧、握力、ピークフロー(PEF)、4.6m歩行時間、努力肺活量(FVC)の測定値を組み合わせることが有用であると分かった。
ただし、舌圧や握力などの測定値を単純に足し算するだけでは十分でない。そこで、健康男性成人36人のデータを基にZスコアを用いて標準化して以下の計算式を作成した。
SBMAFC=(舌圧-41.6)/7.84+(握力-45.0)/6.4+(%PEF-116.4)/22.4+ (4.6m歩行テスト-7.7)/2.0+(%FVC-112.0)/11.8
次にSBMA患者97例を対象にSBMAFCスコアを算出したところ、SBMAFRSやALSFRS-Rのスコアと良好な相関関係を示し、SBMAFCのスコアはSBMAFCを構成する各評価指標とも良好な相関関係にあることが分かった(図1)。
図1. SBMAFCのスコアと各評価指標の関係
97例のうち8例は症状がほぼないと考えられる早期SBMA群(8例)で、健康男性成人群(36例)を対照に、SBMAFC、SBMAFRS、ALSFRS-Rの3つの指標による評価を行い、早期SBMAの微細な症状の検出能を検討した。その結果、両群に最も差が見られたのはSBMAFCであり、早期SBMA患者の微細な症状を検出できる有用なツールであることが示された(図2)。
図2. 各評価指標の早期SBMA患者と男性健康成人の検出能の検討
(図1、2とも名古屋大学プレスリリース)
以上を踏まえ、同氏は「SBMAの各症状に対する評価を組み合わせた複合指標SBMAFCは、早期患者を含めSBMAの運動機能を正確に反映し、既存の評価指標に比べて感度が良好であることが示された。治療開発をはじめ広く応用できる可能性がある」と結論。その上で「名古屋大学大学院は国内におけるSBMA研究の拠点として多くの臨床研究を実施しており、これら臨床研究の評価指標にSBMAFCを加えることで有益な知見を見いだしていきたい」と展望している。
(小野寺尊允)