前立腺特異抗原(PSA)検診の有益性については議論の余地がある。米国では、75歳以上の男性のPSA検診を非推奨とした2008年以降、PSA検診受診率が低下した一方で、転移性前立腺がんの発生率は上昇している。しかし、集団検診受診率と将来の転移性前立腺がん発生率との関連を示す直接的な疫学的エビデンスはない。米・University of MichiganのAlex K. Bryant氏らは両者の関連を明らかにするため、2005~19年に米退役軍人保健局(VHA)128医療機関を受診した40歳以上の全男性患者データを後ろ向きに検討。PSA検診受診率が高かった施設では5年後の転移性前立腺がんの発生率が有意に低かったと、JAMA Oncol2022年10月24日オンライン版)に報告した。(関連記事「PSA検診非推奨後に進行前立腺がん増加」「<対談>日本の前立腺がん検診はかくあるべし!(前編)」)

2012年に年齢を問わずPSA検診を非推奨

 1990年代にPSA検診が普及したことで、米国における転移性前立腺がん発生率は大幅に低下した(JAMA 1995; 273: 548-552)。米国予防医学専門委員会(USPSTF)は、ランダム化比較試験(RCT)でPSA検診による有益性が得られなかったことを理由に2008年、75歳以上の男性に対するPSA検診を非推奨とした(Ann Intern Med 2008; 149: 185-191)。2012年には、年齢を問わず全男性にPSA検診を推奨しないと勧告した(Ann Intern Med 2012; 157: 120-134)。

 しかし、複数の研究により米国ではPSA検診受診率の低下に伴い、非転移性前立腺がん発生率が大幅に低下したことが判明(J Natl Cancer Inst 2021; 113: 64-71)。2013年ごろから転移性前立腺がん発生率の有意な上昇が報告されている。

 その一因として、前述のUSPSTFの勧告によりスクリーニング率が低下したことで非転移性前立腺がんが見逃され、転移性前立腺がんに進行したと考えられている。ただし、この時期におけるPSA検診受診率の変動が、将来の転移性前立腺がん発生率と関連しているかは明らかでない。

 そこでBryant氏らは、VHAデータを用いて医療機関ごとのPSA検診受診率および非転移性・転移性前立腺がんの発生率を評価した。

10万人・年当たりの発生率は、2005年の5.2から2019年には7.9へと増加

 対象は、2005~19年にVHAの医療機関のうち128施設を受診した40歳以上の全男性(2005年467万8,412例、2019年537万1,701例)。主要評価項目は、各施設における転移性前立腺がん診断の年間発生数および10万人・年当たりの年齢調整後転移性前立腺がん発生率とし、それぞれPSA検診受診の5年後に評価した。

 PSA検診受診率は2005年の47.2%から2008年には50.8%に上昇したものの、2019年には37.0%に低下していた。過去3年間にPSA検診を受診しなかった割合は、2009年に最も低い20.9%から2019年には最も高い33.2%に上昇した。

 検討の結果、転移性前立腺がんの年間発生数は、2005年が844例、2008年が786例で、2019年には1,700例と著しく増加。10万人・年当たりの年齢調整後転移性前立腺がん発生率は、2005年の5.2から2019年には7.9へと増えていた。

 混合効果負の二項回帰モデルを用いてPSA検診受診率と将来の転移性前立腺がん発生率との関係を評価したところ、PSA検診受診率が高い医療機関では、将来の転移性前立腺がん発生率の低さと有意に関連。検診受診率が10%上昇するごとに5年後の転移性前立腺がん発生率は有意に低下した〔発生率比(IRR)0.91、95%CI 0.87~0.96、P<0.001〕。

 さらに、一般化推定方程式モデル(IRR 0.91、95%CI 0.87~0.95、P<0.001)および感度分析による7年後の転移性前立腺がん発生率(同0.89、0.84~0.95、P<0.001)はいずれも有意に低下したが、3年後の発生率に有意差は認められなかった(同0.96、0.91~1.01、P=0.10)。

 一方、長期間PSA検診を受診していなかった男性では、検診受診率が低いと5年後の転移性前立腺がんの発生率が有意に高まることが示された(PSA検診非受診率が10%上昇するごとのIRR 1.11、95%CI 1.03~1.19、P=0.01)。

 以上の結果から、Bryant氏らは「今回のコホート研究から、米国では2005~19年に40 歳以上の男性におけるPSA検診受診率が低下し、転移性前立腺がん発生率が上昇したことが明らかになった。しかしPSA検診受診率が高い医療機関では、検診受診者の5年後の転移性前立腺がん発生率が有意に低かった」と結論。今回の知見は、共同意思決定においてPSA検診の潜在的な有益性に関する情報を提供する可能性があると付言している。

(田上玲子)