名古屋市立大学大学院精神・認知・行動医学分野教授の明智龍男氏らは、患者の通院が不要で遠隔でも臨床研究に参加できる分散型臨床試験を開発、この試験方法を用いて乳がんサバイバーに対する認知行動療法アプリの有用性を検討した。その結果、乳がんサバイバーの再発に対する恐怖感が軽減されたとJ Clin Oncol(2022年11月2日オンライン版)に報告した。
2つのアプリを用い、サバイバー自身で認知行動療法を実施
がん医療の進歩により乳がんの治癒率が改善し、現在では約9割の患者が10年以上生存可能となっている。一方で再発後の完治は難しく、再発に対する不安や恐怖を抱えるサバイバーは多い。
明智氏らは、先行研究において問題解決療法アプリ「解決アプリ」と行動活性化療法アプリ「元気アプリ」を開発。小規模の臨床試験において、両アプリが乳がんサバイバーの再発に対する恐怖を低減する可能性を示している(Jpn J Clin Oncol 2018; 48: 61-67)。
解決アプリは、患者の日常生活上の問題を分類し、具体的かつ達成可能な目標を定める。その後、ブレインストーミングにより解決策のメリットとデメリットを比較して最終的な解決策を選ぶ方法を習得する。元気アプリは、行動が変われば気分も変わるという原理に基づき、喜びや達成感が得られる活動の重要性について学習する。その上で以前は行っていたがやめてしまった楽しい活動や、未経験の楽しそうな活動に挑戦し、未経験の楽しそうな活動を実際に行い、その結果を評価することを繰り返すものである(図1)。
図1. 「解決アプリ」と「元気アプリ」
再発への恐怖と抑うつ、心理的ニードが有意に低下
明智氏らは今回、参加の同意説明や申し込み、本人確認など、全てデジタルデバイスを用いて遠隔で行う分散型臨床試験を開発。前述の2つのアプリの有効性を、規模を拡大して検討した。
対象は20~49歳で術後1年以上再発がない女性乳がんサバイバー。日本語が話せない、精神科などで治療を受けている、問題解決療法・行動活性療法・認知行動療法を受けたことがある者は除外した。通常の治療に加え2つのアプリを使用する群223例と使用しない群224例にランダムに割り付け、乳がんの再発に対する恐怖を検討。主要評価項目は、再発不安尺度日本語版(CARS-J)スコアに基づく再発への恐怖とし、0、2、4、8、24週時に評価した。副次評価項目は、不安・うつ尺度(HADS)に基づく抑うつ、支持療法の必要性の評価尺度(SCNS-SF34)に基づく心理的ニードなどとした。
検討の結果、アプリ使用群では4週時から再発に対する恐怖が有意に低下し、8週後まで持続した〔差 -1.39、95%CI-1.94~-0.85、P<0.001、効果量(ES)=0.32〕。さらに8週時と24週時で再発への恐怖に差は見られなかったことから、効果は24週後も継続する可能性が示唆された(図2)。
図2. 主要評価項目:再発に対する恐怖の評価
副次評価項目である抑うつと心理的ニード(心理的側面に対するケアの必要性)についても、8週時にアプリ使用群で有意に改善し、24週まで効果の継続が示された。アプリ使用に伴う副作用の報告はなかった(図3)。
図3. 副次評価項目:抑うつと心理的ニードの評価
(図1~3とも名古屋市立大学プレスリリースより)
以上の結果から、明智氏らは「アプリを用いて乳がんサバイバーの再発に対する恐怖感を軽減する可能性が示された」と結論。その上で、デジタル技術を応用した新たな医療やヘルスケア領域開発の重要性を強調し「将来、通院しなくても自分のスマートフォンを使い、場所や時間を選ばず苦痛を和らげる医療を受けることにつながるだろう」と期待を示している。
(編集部)