家族性大腸腺腫症(FAP)は高頻度に大腸がんへと進行する遺伝性疾患で、今年(2022年)4月に新たな治療法である内視鏡的積極的摘除術(intensive endoscopic removal for downstaging of Polyp burdenまたはintensive downstaging polypectomy;IDP)が保険診療で実施可能になった。京都府立医科大学分子標的予防医学特任教授で石川消化器内科(大阪市)院長の石川秀樹氏と京都府立医科大学分子標的予防医学教授の武藤倫弘氏は、10月18日に開かれた同大学主催の記者レクチャーで診療報酬改定の根拠となった第Ⅰ/Ⅱ相試験J-FAPP Study Ⅲの概要を解説。また、低用量アスピリンによるポリープ(腺腫)再発抑制の検証が予定されている第Ⅲ相特定臨床研究(先進医療B)J-FAPP Study Ⅴ試験についても紹介した。
腺腫の徹底的摘除により、大腸を温存しつつ大腸がんへの進行を抑制
FAPはAPC遺伝子の病的バリアントにより大腸内に100以上の腺腫を来し、高頻度で大腸がんを若年発症する常染色体優性(顕性)遺伝疾患である。国内に約7,300例の患者が存在するとされ、標準治療は予防的大腸全摘術だが、QOLの著しい低下に加えてデスモイド腫瘍の誘発や妊孕性低下が懸念される。近年は全摘術を希望しない患者が増えており、新たな治療選択肢が求められていた。
腺腫を母地とした大腸がん発がんの機序は図1の通りで、APC変異により惹起された腺腫がKRAS、TP53などのがん抑制遺伝子の変異に伴い悪性化し、炎症はこれらの過程を促進する。そのため、腺腫の摘除や抗炎症治療は発がんを抑制する可能性がある。
図1. 腺腫を母地とした大腸がん発がんの機序
石川氏は大腸全摘術拒否例を対象に、IDPによる多数の腺腫を徹底的摘除後に経過観察を行う単施設の検討を実施。90例に対して計5万5,701の腺腫を摘除することで、大腸がんへの進行抑制が示された(Endoscopy 2016; 48: 51-55)。この結果を踏まえ、同氏らはIDPの有効性と安全性を検証する多施設前向き研究J-FAPP Study Ⅲ試験を実施した。
対象は、16歳以上で大腸全摘術未施行または全摘術施行後に大腸が10cm以上残存しているFAP患者。FAPは100以上の大腸内腺腫を認めるものと定義し、APCの病的バリアントの有無は問わなかった。主要評価項目は介入期間中の大腸切除術の有無とした。
高い内視鏡技術を有する全国22施設で222例(大腸未切除群166例、大腸切除群56例)を登録し、10mm以上の全腺腫の摘除が確認されるまで大腸内視鏡検査を実施。その後に5 mm以上の腺腫も摘除し、可能であればそれ以下のサイズの腺腫も摘除した。
5年間の介入期間中における内視鏡検査の平均回数は、大腸未切除群が6.62回、大腸切除群が6.23回で、平均摘除数はそれぞれ524.5、132.1だった。5例(大腸未切除群4例、大腸切除群1例)で大腸全摘術が行われたが、最終的に大腸未切除群の90.4%、大腸切除群の83.9%が介入を完遂した。
同氏は「標準治療である大腸全摘術を否定するものではない」と前置きしつつ、同試験の結果について「IDPは大腸を温存しつつ、大腸がんへの進行を抑制できる可能性が示唆された」と評価した。この知見に基づき、今年4月の診療報酬改定でFAPに対するIDPが認められた(年1回5,000点加算)。結果の詳細はEndoscopy(2022年10月10日オンライン版)に報告されている。
保険収載を目指し、腺腫再発に対するアスピリンの効果を検証
続いて武藤氏は、IDP後のFAP患者に対する低用量アスピリンの再発抑制効果を検証するJ-FAPP Study Ⅴ試験を紹介した。
同試験に先立ち実施された第Ⅱ相試験J-FAPP Ⅳでは、J-FAPP Study Ⅲ試験に参加したFAP患者102例を対象に低用量アスピリン腸溶錠を8カ月投与。大腸腺腫の再発リスクを約6割減少させたことが示されている(関連記事「アスピリンでFAPのポリープ再発を予防」)。
この結果を踏まえ、低用量アスピリンの保険収載を目指してJ-FAPP Study Ⅴ試験が立案された。対象は、大腸全摘術を未施行でIDPにより5.0mm以上の腺腫を摘除し残存がない16〜70歳のFAP患者で、腺腫摘除後にアスピリン腸溶錠100mg/日を2年間投与する。
主要評価項目は5.0mm以上の腺腫の累積発生率(投与8カ月後、16カ月後、24カ月後)で、主な副次評価項目は有害事象、重症化割合、高度異型の累積発生率、発がん、5.0mm以上の腺腫の発生個数などである。目標登録患者数は200例で、来年9月までの登録を予定している。
同氏は、J-FAPP Studyの位置付けと低用量アスピリンの展望を図2のようにまとめ、「低用量アスピリン長期投与の有効性や安全性が示されれば、診療ガイドラインでの推奨および保険収載に向けたエビデンスの構築につながり、FAP患者の治療選択肢の拡大が期待される」と説明。さらに、「一般的な大腸腺腫にも応用できる可能性があり、がん診療を『治療から予防』へと進展させるパラダイムシフトの契機になりうる」と展望した。
図2. J-FAPP Studyの位置付けと低用量アスピリンの展望
(図1、2とも京都府立医科大学記者レクチャー資料より編集部作成)
(安部重範)