日本では認知症患者が増加傾向にあり、2025年には高齢者の5人に1人を占めると推計されている。認知症の6~7割を占めるアルツハイマー病(AD)は高齢になるほど有病率が上昇し、同様に糖尿病も高齢なほど割合が高く、認知症の危険因子と報告されている。国立病院機構京都医療センター内分泌代謝高血圧研究部臨床研究センター部長の浅原哲子氏、京都認知症総合センター(京都府)所長の秋口一郎氏、量子科学技術研究開発機構医長の徳田隆彦氏らの共同研究グループは、糖尿病患者および非糖尿病患者を対象に血液バイオマーカーと認知機能との関連を検討。認知機能障害の程度で層別化し解析した結果、認知機能低下を超早期に予測する指標として血清可溶型TREM2(sTREM2)を同定したとDiabetes Res Clin Pract(2022; 193: 110121)に発表した(関連記事「認知症の新バイオマーカー発見か」)。
発症前段階での予測が重要
糖尿病は、脳血管性認知症だけでなくAD発症の危険因子でもあるため、認知症の増加抑制には糖尿病管理が重要である。また認知機能低下は糖尿病の管理や健康寿命に悪影響を及ぼすことから、認知症発症の前段階で発症を予測できる非侵襲的かつ簡便な血液バイオマーカーの開発が求められている。浅原氏らは、実臨床に応用可能な血液バイオマーカーを探索すべく研究を行った。
対象は、京都認知症総合センタークリニックで経過観察または加療中の糖尿病患者47例(男性20例)と非糖尿病患者74例(同30例)。糖尿病の病歴と経過、認知機能検査、画像診断などの臨床情報を収集し、血液検体を用いてミクログリアの機能を反映する血中sTREM2およびADの多項目血液マーカーであるアミロイドβ(Aβ)42/40比、リン酸化タウ蛋白質(p-tau)などを測定した。
認知機能障害の程度で正常群、軽度認知障害(MCI)群、認知症群に層別化し、血液バイオマーカーとの関連を詳細に検討した。
認知機能障害の進展とともに血中sTREM2濃度が低下
検討の結果、非糖尿病患者と比べ糖尿病患者では最も早期の認知機能が正常な段階での血中sTREM2濃度が有意に低かった(図1-A)。さらに糖尿病患者では正常からMCI、認知症へと認知機能障害が進展するとともに血中sTREM2濃度が低下する一方、血中p-tau濃度は上昇した(図1-B)。血中Aβ42/40比に変化はなかった(図1-C)。
図1. 多項目血液バイオマーカー測定の結果と統計学的解析
それに対し、非糖尿病患者では認知機能障害の進展とともに血中Aβ42/40比が低下し、血中p-tau濃度が上昇するなど典型的なADの経過を呈した。これらの結果は、糖尿病性認知症に特徴的な血液バイオマーカーのカスケードを示唆している。すなわち、sTREM2濃度の低下に続く変化として、脳内のAβ蛋白蓄積を反映する血中Aβ42/40比の低下が認められないにもかかわらず、その下流にある神経細胞障害に直結する脳内タウ蛋白蓄積を反映する血中p-tau濃度の上昇が認められた。
個々の血液バイオマーカーにおいては、それぞれ脳内のミクログリアおよび病期別のアルツハイマー関連脳病理の進展を反映すると考えられていることから、浅原氏らは「血液バイオマーカーの動態から、糖尿病患者の脳内で生じる認知症に関連する複数の病態の時系列が推定できる(図2)」としている。
図2. 認知症に関連する病態の時系列と血液バイオマーカー
(図1~2とも量子科学技術研究開発機構プレスリリースより)
以上を踏まえ、同氏らは「包括的な多項目血液バイオマーカーの解析から、糖尿病患者では認知機能が正常な段階から脳内のミクログリア機能の低下を示唆する血中sTREM2濃度の低下が出現することを明らかにした。脳内のミクログリア機能の低下は、糖尿病性認知症の発症を惹起する連続的な病的分子機構の最上流に位置しており、アルツハイマー病理変化の発現様式に影響を及ぼすと考えられる。今回の知見は、糖尿病性認知症の発症・進展の機序の解明、認知症発症リスクが高い糖尿病患者を超早期に同定するスクリーニング法の開発に貢献するものだ」と結論している。
(小野寺尊允)