母乳は「最初のワクチン」と呼ばれ、人工乳では得にくい免疫成分を豊富に含むことが知られている。母乳中の栄養素と母親の背景との関連性についてはこれまで多くの報告があるものの、母乳中の免疫成分と母親の背景との関連性は明らかになっていない。国立成育医療研究センター皮膚科診療部長の吉田和恵氏らは、初乳中の免疫成分濃度に分娩方法や出産経験との有意な関連性が認められたことをNutrients(2022; 14: 3255)に報告した。母乳中の免疫成分であるTGF-β1、TGF-β2の濃度は、経腟分娩より帝王切開で、経産婦より初産婦で高かったという。
授乳中の26~46歳の女性42人が対象
母乳中のTGF-βは乳幼児のアトピー性皮膚炎の発症を防ぎ、IgAの産出を促進する免疫成分として注目されている。また、母乳中のIgAも乳幼児の腸の免疫成熟に重要な役割を果たすことが報告されている。吉田氏らは今回、2019年7月~20年10月に同センターで出産し、授乳を行っている26~46歳の女性42人を対象に、母乳の免疫成分と母親の背景との関連性について検討した。
母乳は出産2~6日後に採取したものを初乳、25~37日後に採取したものを成熟乳と定義し、母乳中に含まれるTGF-β1、TGF-β2、IgAの濃度を測定した。母親の背景は自己記入式アンケートを用いて妊娠前BMI、出産年齢、初出産年齢、喫煙歴、分娩方法、出産歴、アレルギー既往、陣痛促進剤の使用有無、母乳分泌の開始時期について情報を得た。
免疫成分濃度は初乳で個人差大きく、成熟乳で縮小
吉田氏らはまず、初乳の免疫成分濃度と母親の背景との関連性について検討。出産歴に着目すると、TGF-β1中央値は経産婦の710.3pg/mL〔四分位範囲(IQR)515.4~830.1pg/mL〕に対し、初産婦は1,214.5pg/mL(同809.1~1,873.6pg/mL)と、初産婦で有意に高値だった(P=0.002)。TGF-β2中央値においても経産婦の4,071pg/mL(IQR 2,469.1~5,227.0pg/mL)に対し、初産婦は5,673.0pg/mL(同4,093.2~1万2,422.9pg/mL)と、初産婦で有意に高値だった(P=0.033)。
出産年齢においてはTGF-β1中央値は30歳代の830.2pg/mL(IQR 707.2~1,175.6pg/mL)、40歳代の1,652.8pg/mL(同967.5~2,167.6pg/mL)に対し、20歳代は1,712.1pg/mL(同1,030.3~2,387.9pg/mL)と、20歳代で有意に高値だった(P=0.018)。出産方法においては、TGF-β1中央値は経腟分娩の871.9pg/mL(IQR 730.7~1,425.5pg/mL)に対し、帝王切開は1,593.0pg/mL(同877.7~2,272.7pg/mL)と、帝王切開で高値の傾向を認めた(P=0.102)。IgAはどの背景とも関連性が認められなかった。
次に、初乳と成熟乳それぞれの免疫成分濃度の個人差について検討した。その結果、初乳ではTGF-β1中央値954.7pg/mL(IQR 740.1~1,700.6pg/mL)、TGF-β2中央値5,173.2pg/mL(同3,732.9~9,969.9pg/mL)、IgA中央値3.02mg/mL(同2.00~7.44mg/mL)に対し、成熟乳ではTGF-β1中央値498pg/mL(同356.6~581.4pg/mL)、TGF-β2中央値1,263.7pg/mL(同889.3~2,141.8pg/mL)、IgA中央値0.80mg/mL(同0.53~1.31mg/mL)だった。以上から、初乳では免疫成分濃度の個人差が大きい一方、成熟乳では縮小することが示された(図)。
図. 母乳中の免疫成分濃度の個人差
(国立成育医療研究センタープレスリリースより)
アレルギー既往、陣痛促進剤の使用には関連性認められず
吉田氏らは免疫成分濃度において、初乳で顕著な不均一性が認められたことから、出産前と出産時の母体因子が初乳中の免疫因子に影響を及ぼしていると推測。そこで、赤池情報量規準(AIC)に基づくステップワイズ法を適用し、多変量解析を行った。
その結果、TGF-β1においては分娩方法(経腟分娩<帝王切開)、出産経験(経産婦<初産婦)、初出産年齢(30~40歳代<20歳代)との有意な関連が認められた(それぞれP=0.046、P=0.020、P=0.008)。TGF-β2においては分娩方法、出産経験で有意な関連が認められた(それぞれP=0.029、P=0.002)。IgAにおいては分娩方法と母乳の出産後採取日(4~5日以上<3日以内)に有意な関連が認められた(それぞれP=0.041、P=0.006)。一方、アレルギー既往や妊娠前BMI、喫煙経験、陣痛促進剤の使用との関連はいずれの免疫成分にも認められなかった。
以上の結果から、同氏らは「初乳中の一部の免疫成分濃度は、経腟分娩より帝王切開の母親で高いことから、帝王切開後も初乳を与える重要性があらためて確認できた。近年、帝王切開の割合は増加傾向にあるが、侵襲性が高いことから授乳開始時期が遅くなるといわれている。手術後の痛みがひどく直接授乳が困難な場合は、搾乳器を使用するなど、母親の状態に合わせて子供に初乳を届ける工夫が必要だ」と提言。
さらに、「初産婦の方が経産婦に比べて初乳の免疫成分濃度が高いことから、初乳を与える機会を逃がさないよう出産前から情報提供を行い、授乳の重要性を理解してもらう取り組みをすべき」と付言した。
(植松玲奈)