新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチンは、接種後に抗体が産生されることで効果を発揮する。しかし抗体価には個⼈差があり、低い場合はブレークスルー感染のリスクが⾼まる。千葉⼤学⼤学院公衆衛⽣学分野教授の尾内善広氏らは、ワクチン接種後に体内で産生される抗体量には遺伝要因による個人差があるという仮説を立てて検証。その結果、抗体の量には免疫グロブリン重鎖(IGHV)の2つの遺伝子IGHV3-53IGHV3-66に見られるバリアントが影響を及ぼすことを発⾒したとJ Infect2022年11⽉2⽇オンライン版)に発表した。

Bリンパ球の多寡が各々の抗体価に影響

 免疫グロブリン(Ig)はBリンパ球が産生する蛋白質の複合体であり、病原体や毒素などの抗原に結合する中和抗体として有害性を抑え、体を守る免疫の役割を果たす。ただし、抗体は1つのB細胞から1種しかつくれないため、別の抗体を産生するにはBリンパ球の遺伝子を再構成して対応する必要がある。Igは軽鎖と重鎖がそれぞれ2本ずつ集まった4本構造で、抗原と結合する可変領域および定常領域から成る。可変領域をコードする遺伝子は、重鎖ではV遺伝子群(65種)、D遺伝子群(27種)、J遺伝子群(6種)の3領域で、これらを組み合わせることでさまざまな抗原に対応する抗体がつくられている。

 尾内氏らはこれまで、千葉⼤学病院コロナワクチンセンターでSARS-CoV-2ワクチン接種を受けた同病院の職員を対象とした先行研究により、ワクチン接種後の抗体産生量には性、年齢、飲酒習慣などが影響することを報告している(Clin Microbiol Infect 2021; 27: 1861.e1-1861)。今回、同氏らはSARS-CoV-2のスパイク蛋白質に結合する抗体を産生するBリンパ球について、先天性の遺伝⼦型の違いによりBリンパ球を多く保有する者と少ない者が存在し、そのことがワクチン接種後の抗体価の個⼈差に影響しているとの仮説を立てて検証した。

IGHV3-53、IGHV3-66の特定アレルが抗体価上昇に関連

 SARS-CoV-2に対する中和抗体の遺伝⼦に注⽬した海外の研究から、IGHV3-53IGHV3-66が特に重要であり、中和抗体の設計図としてよく用いられていることが知られている。尾内氏らは、両遺伝⼦に注⽬し、2021年3月3日~4月9日にSARS-CoV-2 mRNAワクチン(ファイザー製トジナメラン)を接種した同センター職員2,015人を対象に研究を行った(図-上)。

 まず、対象の⾎液検体を用いて次世代シークエンス解析を行い、IGHVにおける一塩基バリアント(SNV)と遺伝子利用頻度の関連を検討した。その結果、IGHV3-53ではrs11623191のTアレル保有者、IGHV3-66ではrs6423677のCアレル保有者で利用頻度が高かった(図-左下)。

 次に、先行研究でワクチン接種後の抗体価と関係することが示されている年齢、性、飲酒行動などの因子を調整し、ワクチン2回接種後のスパイク蛋白質に対する中和抗体価と2つのSNVの関連について多変量解析を行った。その結果、IGHV3-53のrs11623191のTアレルおよびIGHV3-66のrs6423677のCアレルを多く保有することと抗体価の上昇に関連が認められた(標準化係数β=0.056、95% CI 0.0088~0.10、図-右下)。

図. 研究の概略図

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(千葉大学プレスリリースより)

 以上を踏まえ、尾内氏らは「IGHV3-53IGHV3-66の2つのSNVを先天的に多く持つ者ほど、ワクチン接種後の抗体価が上昇しやすい」と結論。その上で「現在、対象を全ゲノムに広げた解析を進めており、新たな抗体価関連遺伝⼦や副反応の発現しやすさに関わる遺伝⼦の特定を⽬指している。これらの研究成果は、新たなワクチン開発や予防プログラムの開発に役⽴つことが期待される」と展望している。

(小野寺尊允)