日本認知症学会、日本老年精神医学会など認知症に関連する6学会は11月26日に記者会見を開き、アルツハイマー病(AD)に対する疾患修飾薬である抗アミロイドβ(Aβ)抗体の国内での実用化を見据え、「認知症疾患治療の新時代を迎えて」と題する提言を発表した。疾患修飾薬の投与患者の選定や副作用のモニタリングに必要とされるアミロイドPET検査、脳脊髄液検査などの保険収載を含めた医療提供体制の構築、認知症専門医など人材の育成、費用効果の議論などを喫緊の課題として挙げた上で、「6学会は特定の立場に偏ることなく、国民の健康増進に向けて力を合わせてゆきたい」と一丸となって取り組む姿勢を表明した。疾患修飾薬の臨床導入をめぐっては、これまで認知症専門医から「既存の枠組みでは不十分であり、さまざまな課題への早急な対応が急務となる」ことが指摘されていた。

「疾患修飾薬に認知症患者・家族から大きな期待」

 AD対する疾患修飾薬の第1号は、昨年(2021年)6月に米食品医薬品局(FDA)に迅速承認されたaducanumabである。同薬については、日本国内でも昨年12月22日に厚生労働省の関連部会で審議されたが、有効性を明確に判断することは困難として承認見送り(継続審議)となった。

 同薬以外にも有力な候補の1つに、抗Aβプロトフィブリル抗体lecanemabがある。同薬に関しては、今年9月末に公表された第Ⅲ相試験の結果、主要評価項目である症状悪化の抑制効果が認められ、承認への期待が高まりつつある(関連記事「Lecanemab、早期ADを対象とした第Ⅲ相で主要評価項目を達成」)。開発企業のエーザイと米・バイオジェンは米国で迅速承認制度を利用して申請を終えており、日本や欧州でも来年3月までに申請する計画だ。

 こうした動きを受けて、記者会見に登壇した日本認知症学会理事長で東京大学大学院神経病理学分野教授の岩坪威氏は「疾患修飾薬の開発をめぐっては、これまで百数十の候補薬の開発が不成功に終わったものの、近年aducanumab以外にも、lecanemab、donanemabなどの抗Aβ抗体で注目すべきポジティブな結果が報告されている」と説明。「lecanemabの第Ⅲ相試験CLARITY ADでは、プラセボ群に対し実薬の最高用量群で27%の悪化抑制を示した。donanemabでも32%の悪化抑制効果が認められるなど、3製剤のいずれの投与例でもアミロイドを除去する効果が示されている」と述べた。

 新薬開発の進展を受け、提言では「疾患修飾薬がFDAにより世界で初めて承認されたことが、根治療法を待ち望む人々に新たな希望の光となったことは明らか。疾患修飾薬に対し、認知症の当事者および家族から大きな期待が寄せられている」と指摘した。

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(6学会が作成し、公表した提言「認知症疾患治療の新時代を迎えて」)

疾患修飾薬の普及に向けて解決すべき課題

 日本でも疾患修飾薬の実用化が迫りつつある一方で、医療現場での使用に備え、山積する課題を解決する必要性に迫られている。

 提言では、①aducanumabを初めとする抗Aβ抗体の投与対象は早期AD〔軽度認知障害(MCI)および軽症AD〕患者に限定される、②抗Aβ抗体の認知機能低下抑制効果の判定が難しい、③副作用/有害事象として一定の割合で出現するアミロイド関連画像異常(ARIA)に対する専門医の的確な対応、および投与後の副反応に関するかかりつけ医や救急医療との連携が必要、④投与開始前に必要となるアミロイドPETおよびバイオマーカー検査が保険未収載、⑤投与中に頻繁にフォローアップできる設備や医療スタッフのいる医療機関が限られる、⑥検査や治療に要する費用が高額になると予想される、⑦就労中の若年AD患者への長時間の点滴治療は大きな負担になる、⑧投与対象外となる患者への適切な配慮や治療対応が重要ーといった課題が挙げられていると指摘。中でも、医療提供体制の構築、人材育成、副反応・副作用への対策、費用効果に関する議論については「喫緊の課題」と明記し、解消を目指す必要があると訴えた。

 まず、医療提供体制に関する問題は、アミロイド陽性の早期ADを診断する体制が国内で十分構築されていない点。現状では「臨床試験や研究目的でアミロイドPETを運用している施設は全国で2桁にすぎない」(岩坪氏)。アミロイド陽性ADの診断には、アミロイドPETまたは脳脊髄液検査が必要となるが、これらは保険未収載で検査が可能な施設は限られており、アミロイドPETについては地域偏在が著しいといった問題が指摘されている。アミロイドPETは主に研究目的で用いられており、自由診療で検査を受ける場合30万円程度の費用がかかるとされる。一方、抗Aβ抗体の投与対象者選択、薬物作用の確認、治療効果・継続を客観的に判定するためには適切なバイオマーカーの開発も求められる。

疾患修飾薬の投与例は数年間で数万人との予測も

 抗Aβ抗体の費用効果についても早急な議論が求められる。米国で臨床応用されているaducanumabは発売当初は(年間薬剤費5万6,000ドル)と高額なことが議論となったが、その後、2万8,200ドル(当時のレートで318万円)に引き下げられた。抗Aβ抗体の投与対象となる推定患者数についての正確なデータはないが、岩坪氏によると「抗Aβ抗体の投与対象となるADは潜在患者も含めると100万人を超えるという推計もある」という。しかしながら、先述のように、国内では抗Aβ抗体を処方するための検査が行える施設が限られるなどインフラ面が未整備で、専門医の偏在や不足が課題となっている。同氏は、こうした問題を踏まえ「投与患者の選定は徐々に行われ、個人的な予測として処方患者は数年かけて数万人程度になると考えている。したがって、数百億円規模の莫大な医療費が必要になるとは考えていない」と、医療財政に及ぼす影響についての見通しを示した。

 一方、抗Aβ抗体の投与対象は早期ADに限定されることから、日本老年精神医学会副理事長で慶應義塾大学精神・神経科教授の三村將氏は「製薬企業の考えに乗るのではなく、われわれアカデミアは独立した立場で疾患修飾薬の意義について議論していく。その際には、投与対象外となったAD患者が疎外感(置いて行かれたような気持ち)を抱かないような対応も必要になる」と強調。提言に記された「超高齢社会が加速・進展する中で、これらの問題について特定の立場に偏ることなく、今後の動向を注視しながら、国民の健康増進に向けて力を合わせていきたい」という文言を引用し、患者と対話しながら、医療界が一致団結してこの問題に取り組むことをあらためて強調した。

(小沼紀子)

※日本神経学会、日本神経治療学会、日本精神神経学会、日本認知症学会、日本老年医学会、日本老年精神医学会(50音順)