新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、スパイク蛋白質を介してヒトのアンジオテンシン変換酵素(hACE)2のペプチダーゼドメインに結合することで細胞内に侵入する。血中SARS-CoV-2量が多いほど呼吸器疾患や炎症が重症化し、不良な転帰および死亡とも関連する。重症の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者に対しては、エンドトキシン吸着(PMX)カラムを用いた血液吸着療法が行われている。大阪大学大学院腎臓内科学教授の猪阪善隆氏、同大学蛋白質研究所客員教授でペプチド研究所の吉矢拓氏らは、hACE2の配列を基に設計した8種のペプチド候補からSARS-CoV-2を特異的に吸着するペプチドを発見。PMXカラムを改良したSARS-CoV-2吸着カラム「SARS-catch」を開発したとClin Exp Nephrol(2022年11月8日オンライン版)に発表した。
ウイルス除去率が65%向上
PMXカラムはエンドトキシンを高率に吸着するポリミキシンBを固定化した繊維が充塡されたもので、急性肺障害や間質性肺炎の急性増悪症例に加え最近ではCOVID-19患者にも使用されている。
猪阪氏らはSARS-CoV-2スパイク蛋白質が結合するhACE2の21~43番目までの塩基配列を基に、候補となるペプチドを設計。PMXカラムの繊維にポリミキシンBの代わりに候補ペプチドを固定、スクリーニングを行った。その結果、最もウイルス吸着効果の高いペプチドとして4Nペプチドを同定。このペプチドを用いてSARS-catchカラムを開発。SARS-catchカラムにSARS-CoV-2ウイルス液を循環させたところ、従来のPMXカラムに比べてSARS-CoV-2除去率が65%以上向上した。
これらの結果を基に同氏らは、大阪大学病院でSARS-catchカラムを用いた重症COVID-19患者に対する血液吸着療法の特定臨床試験を実施した。
人工呼吸器からの離脱率は約3倍
対象は人工呼吸器または体外式膜型人工肺(ECMO)を使用している18歳以上の重症COVID-19患者7例。SARS-catchカラムを用いたウイルス吸着療法を血流速度8~12mL/分で3日間(6~8時間/日)施行し、安全性と有効性を検討した。
主要評価項目は人工呼吸器/ECMOからの離脱とし、副次評価項目は血中ウイルス検査における陰性患者の割合と動脈血酸素分圧(PaO2)/吸入気酸素濃度(FiO2)比とした。離脱率と離脱までの期間はKaplan-Meier法を用いて推定。研究開始前に大阪大学病院の集中治療室に入室したCOVID-19重症患者のコホート研究のデータと比較した。
検討の結果、人工呼吸器からの離脱までの期間の中央値は、コホート研究の14日に対し、今回の研究では5日と短かった。7日目の人工呼吸器からの離脱率はコホート研究の15.2%に対し、今回は42.9%と高かった(図)。
図. 人工呼吸器/ECMOからの離脱率の比較
(大阪大学プレスリリースより)
血中SARS-CoV-2陰性例の割合は4日目(コホート研究12.1% vs. 今回の研究42.9%、P=0.088)、7日目(同33.3% vs. 71.4%、P=0.094)、14日目(同66.7% vs. 100%、P=0.16)のいずれにおいても今回の研究で多かったが、サンプルサイズが小さいため有意差は示されなかった。
他のウイルス性疾患にも有効か
以上を踏まえ、猪阪氏らは「SARS-catchカラムはPMXカラムと比べてSARS-CoV-2の除去率が65%以上向上することが確認された。重症COVID-19患者に対しウイルス吸着療法を適切な時期に行うことでSARS-CoV-2を除去し、呼吸機能を改善する可能性が示された」と結論。「重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV-1)とSARS-CoV-2の両ウイルスがhACE2を介して細胞に侵入することを考慮すると、SARS-catchカラムはhACE2を標的とする別のコロナウイルスの流行時にも有効な可能性がある。さらにSARS-CoV-2と同様にウイルス血症が頻発し、血中ウイルス量が疾患の重症度と関連するエボラ出血熱や血小板減少症候群を伴う重症熱などのウイルス性疾患に対しても、このようなカラムによるウイルス吸着戦略が有効と考えられる。今回の知見をさらに評価するために、大規模研究による検証が必要だ」と付言している。
(小野寺尊允)