腸内微生物叢は免疫反応や代謝応答を介してヒトの生体に大きな影響を与えており、さまざまな疾患発症との関連が示されている(関連記事「腸内細菌叢とコロナ死亡の関連を前向き検討」、「腸内細菌叢でパーキンソン病の早期進行を予測」)。このような中、世界各国で多種多様な腸内細菌ゲノムのデータベース化が進められているが、それらの大半は欧米人や中国人集団に由来するゲノムである。また、先行研究の多くは腸内ウイルス、特に細菌に感染するウイルスであるバクテリオファージのゲノム情報がほとんど含まれていない。大阪大学大学院遺伝統計学の友藤嘉彦氏らは、日本人集団の腸内微生物叢シークエンス情報から細菌、ウイルスのゲノム配列をデータベース化し、食生活や疾患との関連を検討。特定のバクテリオファージが関節リウマチ全身性エリテマトーデス(SLE)、炎症性腸疾患と関連するとの結果をCell Genom2022年11月30日オンライン版)に発表した。

日本人の腸内には納豆菌が多く生息

 友藤氏らは日本人集団787人の腸内微生物叢シークエンス情報に対して、独自に開発した腸内微生物ゲノム再構築パイプラインを適用し、1万9,084の細菌ゲノムをJapanese Metagenome Assembled Genomes(JMAG)、3万1,395のウイルスゲノムをJapanese Virus Database(JVD)としてデータベース化。これらのデータを用いて腸内微生物と食事、疾患、人種集団との関連を検討した。

 まずJMAGと海外の細菌ゲノムデータベースとの比較解析を行い、日本人集団の腸内に特異的な細菌・遺伝子を探索した。その結果、JMAG中には納豆菌のゲノムや海苔に含まれる炭水化物を分解する酵素β-porphyranaseが多く含まれており、日本人特有の食生活が影響していることが示唆された。

 ヒトの食生活にはヒトゲノムの多様性が関連することが知られており、日本人集団においてはALDH2遺伝子のアミノ酸配列を変化させる遺伝子多型であるrs671がアルコールや乳製品の消費量と関連するとの報告がある(Nat Hum Behav 2020; 4: 308-316)。そこで同氏らは納豆菌および乳製品消費に関連する4種の細菌の存在量についてrs671との関係を検討した。すると、乳製品に関連する2種(Enterococcus_BStreptococcus thermophilus)との関連が示された。このことから、ヒトゲノムの多様性が食生活への影響を介して腸内細菌に影響を与える可能性が示唆された。

関節リウマチ、SLE、炎症性腸疾患では特定のバクテリオファージが減少

 友藤氏らはウイルスゲノムのデータベースJVDについても幾つかの検討を行った。まず、JVDを複数の既存データベースと統合しウイルスの系統分類を行ったところ、JVDに含まれる62.9%の種は、既存データベースに含まれていない種であることが明らかとなった。

 また、2014年に発見されたウイルスの科で、ヒトの腸内に多く存在するcrAss-like phageというバクテリオファージに着目し、crAss-like phageを亜科レベルまで分類した上で、地域ごとの腸内における組成の違いを検討した。その結果、β crAss-like phageは日本をはじめとしたアジア諸国や欧米諸国では少ない一方で、アフリカ諸国やオセアニア諸国では多いと判明した。crAss-like phageとさまざまな疾患との関連も検討したところ、関節リウマチ、SLE、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎クローン病)では複数亜科のcrAss-like phageが減少していた(図1)。さらにcrAss-like phageと腸内微生物叢の多様度指数との関連も検討すると、crAss-like phageは腸内細菌の多様性と正の相関を示した。腸内細菌の多様性の低下は腸内細菌叢の破綻において見られる主要な変化であることから、crAss-like phageは腸内細菌叢の状態を判断する指標になる可能性が示唆された。

図1.crAss-like phageと各疾患との関連

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 最後に同氏らは、原核生物が持つファージやプラスミドに対する獲得免疫機構の1つであるCRISPRを利用した解析によって、JVD中のウイルスがJMAG中のどの細菌に感染しているのかを網羅的に探索。crAss-like phageはBacteroidota門やFirmicutes門に属するさまざまな細菌に感染していることが分かった(図2)。

図2.crAss-like phageと細菌の感染-被感染ネットワーク

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(図1、2とも大阪大学プレスリリースより)

 これらの検討から同氏らは、「食事・疾患・人種集団と腸内微生物叢との関連が新たに見いだされた。今後さらに検証を進めることで、これらの微生物が特定の疾患の治療標的やプロバイオティクスとして利用可能になることを期待する。また、われわれが構築したデータベースが世界中の研究者に利用され、医学・生物学研究の発展に貢献することを心より願う」とコメントしている。

 なお、今回構築されたJMAGおよびJVDは科学技術振興機構のバイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)で公開されている。

(中原将隆)