特発性突発性難聴(ISSNHL)は、突然発症する原因不明の感音難聴であり、患者のQOLを低下させる。治療はステロイドの全身投与や鼓室内投与が行われているが、治癒率は30~40%にとどまり、原因・病態は明らかになっていない。慶應義塾大学耳鼻咽喉科学教室の都築伸佳氏らは、ISSNHLに関する多施設共同後ろ向き観察研究を実施し、動脈硬化に関連する因子がISSNHLの重症化だけでなく健側の難聴とも関連していることをSci Rep (2022; 12: 21571)に報告した。内耳への血流障害を原因とするISSNHLの解明に、両側の聴力評価などが手がかりになる可能性があるという。
さまざまな原因があるにもかかわらず、1つの疾患として扱う限界
ISSNHLの評価は現在、発症様式や患側の聴力を中心とした診断基準に基づいて行われており、健側の評価は組み込まれていない。しかし、ISSNHLの原因・病態としてウイルス感染、自己免疫疾患、動脈硬化や梗塞による血流障害などさまざまな説が唱えられている。都築氏らは、ISSNHLが病態解明に至らず治癒率が向上しない理由として、ISSNHLを1つの疾患として扱い、多角的な評価を行ってこなかったことによる可能性を指摘。先行研究では、①動脈硬化因子がISSNHLの重症化因子となる可能性がある、②動脈硬化症は健側の加齢に伴う難聴を進行させる可能性がある―との報告があることから、動脈硬化因子、患側・健側の聴力、治癒率の関連性を検討した。
対象は、2012~20年に国内6施設でISSNHLの治療を受けた762例(女性411例)。前庭神経鞘腫例や両側同時発症例、データ欠損例は除外した。患者カルテから、年齢、性別、純音聴力検査(PTA)、併存疾患(糖尿病、高血圧、高脂血症、心房細動、血管疾患など)、喫煙歴、難聴発症時の抗血小板薬/抗凝固薬の使用、難聴からの回復の有無などについてのデータを取得し、多変量解析を行った。
抗凝固薬を使用している患者は、突発性難聴が治りにくい
まず、患側のISSNHLの重症度と動脈硬化因子の関連を検討したところ、高齢(患者PTA係数0.155、95%CI 0.042~0.269、P<0.01)、糖尿病(同5.907、1.523~10.291、P<0.01)、慢性心不全の既往(同13.335、1.869~24.801、P<0.02)と有意な関連が認められた。
次に健側の聴力の悪化と動脈硬化因子の関連を検討したところ、高齢(患者PTA係数0.009、0.008~0.010、P<0.01)、男性(同-0.053、-0.088~-0.018、P<0.01)、血管疾患(0.068、0.003~0.134、P<0.04)と有意な関連が認められた(図)。
図. 動脈硬化因子と聴力との関連
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(慶應義塾大学プレスリリースより)
さらに、ISSNHLの非治癒と臨床的特徴との関連を解析したところ、患側の聴力が重症〔オッズ比(OR)3.42、95%CI 1.84~6.35、P<0.01〕、健側の聴力が中等度以上の難聴(同1.89、1.09~3.29、P<0.02)、高周波の難聴(同1.86、1.13~3.06、P<0.01)、発症時の抗凝固薬の使用(同3.37、1.17~9.73、P<0.02)、発症後8日以上経過してからのステロイド治療(同2.85、1.77~4.59、P<0.01)との関連が認められた。
以上の結果から、ISSNHLにおいて動脈硬化因子を評価することや、患側だけでなく健側の聴力も評価することが重要であることが示唆された。また、抗凝固薬の使用はISSNHLの非治癒と関連することが示された。抗凝固薬は、内耳出血や内耳梗塞の危険因子である可能性があるという。
都築氏らは「将来は、ISSNHLの評価基準に動脈硬化リスクスコアを組み込む、または健側の聴力の評価にMRIなどの画像検査を組み合わせることによって、内耳への血流障害を原因とするISSNHLの臨床像の解明や診断方法の確立が進むことが期待される」と展望した。
(植松玲奈)