新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、患者のウイルス量がピークを過ぎた後に病態の重症化が進行することが知られている。しかし、ウイルス量の減少後に肺組織傷害が進行する機序は明らかでない。横浜市立大学大学院麻酔科学講師の東條健太郎氏らは同大学救急医学との共同研究により、COVID-19の重症例では発症後早期に細胞死を起こした肺胞上皮細胞から放出される分子が重症化の引き金となっている可能性があるとiScience(2023; 26: 105748)に発表した。
重症例をARDSの有無で分け、細胞死の機序を検討
東條氏らはこれまで、急性呼吸促迫症候群(ARDS)を呈した重症COVID-19患者では、発症後早期に肺胞上皮細胞に強い傷害が生じることを明らかにしている(Crit Care 2021; 25: 169)。この知見を踏まえ、発症早期に生じた肺胞上皮細胞の傷害がCOVID-19の重症化を誘発するとの仮説を立て検証した。
まず、横浜市立大学病院に入院した重症COVID-19患者31例をARDS群30例(男性13例、平均年齢65歳、範囲49~74歳)と非ARDS群18例(同23例、69歳、63~76歳)に分け、年齢および性をマッチングさせた健常対照群18例を対照として、肺胞上皮細胞における細胞死の機序について検討した。
細胞死は、細胞内のダメージ関連分子パターン(DAMPs)分子を放出し炎症を引き起こすネクローシスと、炎症をほぼ引き起こさないアポトーシスに大別される。
血液中および気管支肺胞洗浄液中の肺組織傷害特異的マーカーを解析した結果、ARDS群では、発症後早期に主にネクローシスによって肺胞上皮細胞死が引き起こされていることが分かった。また、ARDS群ではネクローシスを起こした細胞から放出される代表的なDAMPsである核内蛋白質(HMGB-1)分子の血中濃度の上昇も認められた(図)。
図. COVID-19発症後早期における肺胞上皮細胞のネクローシスに伴う組織傷害増悪のイメージ
(横浜市立大学プレスリリースより)
重症化予防の治療標的として有望
次に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の構成成分をマウスの肺に注入してCOVID-19の動物モデルを作製し、肺胞上皮細胞の詳細な細胞死の機序を検討。その結果、COVID-19モデルではネクローシスおよびパイロトーシスと呼ばれる分子的に制御されたネクローシスが生じていた。この動物モデルに抗HMGB-1抗体を投与したところ、肺組織傷害が軽減された。
以上を踏まえ、東條氏は「細胞死を起こした肺胞上皮細胞から放出されるDAMPsがCOVID-19重症化を防ぐ上で有望な治療標的である可能性が示された」と結論。「肺胞上皮細胞の細胞死は発症後早期に生じることから予防的介入は難しいと考えられるが、その後に放出されるDAMPsを標的とすることで、重症化が予防できる可能性があり、新規治療薬開発への足がかりになることが期待される」と付言している。
(小野寺尊允)