白内障手術などの眼内手術における術後創部感染(術後眼内炎)予防の基本は周術期の抗菌薬点眼だが、術中・術後に点滴や内服による抗菌薬の全身投与が行われることもある。しかし、世界的に見て術後眼内炎予防としての抗菌薬全身投与は一般的でなく、有効性は確立されていない。岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学研究科生体機能再生再建医学分野教授の松尾俊彦氏、落合病院(岡山県)薬局長の井口真宏氏らは、同院で松尾氏が白内障手術を施行した連続患者2,149例を後ろ向きに解析。抗菌薬全身投与の種類・期間別に術後眼内炎に対する有効性を検討した結果をInt J Environ Res Public Health(2022; 19: 15796)に発表した(関連記事「長期の周術期抗菌点眼が耐性化を誘導」)。
訴訟リスクへの懸念も一因
白内障手術は、2020年度の年間手術件数が90万件超と日本で最も多い手術である。術後眼内炎の発生率は約0.05%とまれではあるものの(あたらしい眼科 2005; 22: 871-873、関連記事「白内障術後の眼内炎発症率は0.02%」)、手術件数が多いため患者数は少なくない。
術後眼内炎予防の基本は周術期の点眼抗菌薬だが、術後眼内炎により失明した患者の訴訟において医師の過失が認定されたことなどを受け、日本では長年、術中の点滴や内服、術後の内服による抗菌薬全身投与が行われている。しかし、世界的に見て術後眼内炎予防として抗菌薬全身投与は一般的でなく、薬剤耐性(AMR)対策の観点からも、白内障術後の抗菌薬全身投与に関するエビデンスが求められていた。
全身投与を漸減、中止しても術後眼内炎発生せず
そこで松尾氏らは、術後眼内炎予防に対する抗菌薬全身投与の有効性を検討する目的で、単一施設・単一術者における後ろ向き研究を実施した。
対象は、2016年4月~22年10月に同氏が落合病院で白内障手術を行った連続患者2,149例。術式は、大半が超音波水晶体乳化吸引術で、水晶体囊外摘出術は21眼、水晶体囊内摘出術は6眼だった。同院では2018年1月から段階的に抗菌薬の点滴、内服を中止し、2021年11月には内服を中止しており、抗菌薬全身投与の種類と期間で5つの期間に分類し、患者背景(年齢、性)、術前結膜囊検査結果を比較した(表)。
表. 期間別に見た抗菌薬全身投与の種類と患者背景
(岡山大学プレスリリースより)
周術期の抗菌薬点眼として、各期間共通で術前3日間のモキシフロキサシン0.5% 1日4回投与と、術後2週間のモキシフロキサシン0.5% 1日4回+ブロムフェナク0.1% 1日2回投与を実施。術中には、生理食塩水で希釈したポビドンヨードまたはクロルヘキシジンを用いた眼内洗浄を行った。
①~⑤期を通じて、術後眼内炎の発生は認められなかった。検討の結果、各期間の患者背景に差はなかった。術前結膜囊培養の結果を見ても、全体の陽性率、術後眼内炎の主な原因菌である表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)、黄色ブドウ球菌(S. aureus)、Enterococcus faecalisをはじめ、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)、メチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)、メチシリン感受性表皮ブドウ球菌(MSSE)の陽性率に差はなかった。
以上を踏まえ、同氏は「術後眼内炎は周術期の抗菌薬点眼などの標準的な感染対策を行えば予防可能で、抗菌薬全身投与は必要ないというエビデンスを示すことができた」と結論。「単施設の後ろ向き研究であるため結果は一般化できないが、蕁麻疹などのアレルギー反応や胃腸症状のリスクがある抗菌薬全身投与の回避につながる知見だ」と付言している。
(小野寺尊允)