宮城県石巻市の市職員浜口拓哉さん(50)は、「東日本大震災の被災地を元気づけたい」とアマチュアのブラスバンドを10年近く率いて各地の音楽祭に参加してきた。新型コロナウイルスの流行で活動が難しくなり、2022年に解散したが、「また復活させたい」と意気込む。
 30歳のとき、映画で見たサックスのかっこよさに憧れ、仙台市内の音楽教室に通い始めた。一念発起して楽器も購入した。
 自宅のある一帯は海の目の前で、津波が全て壊した。震災から3週間ほどたった日、民家の外壁に自分の楽器ケースが突き刺さっているのを見つけた。引き抜いて開けると、大量の泥が入り込み、ゆがんだサックスがあった。「もう音楽をやることはないだろう」。市役所では復旧作業に追われ、仕事に忙殺されていった。
 11年秋、音楽教室のかつての仲間たちとロックフェスを聞きに行った。仲間の一人が「俺の楽器をやる。音楽をやめないで」と言ってきた。「泣きそうになった。音楽をやっていいんだと思えた」と振り返る。「自分一人のためではなく、被災地を元気づけられるバンドを組みたい」。再び通い始めた音楽教室で、トロンボーンやドラムなどさまざまな楽器のメンバーを10人以上集め、13年にブラスバンドを結成した。
 メンバーのほとんどは仙台市在住だったが、名取市や石巻市など県内沿岸部の音楽祭に足を運んだ。「自分自身が被災したからこそ、そこで演奏したいと思っていることをメンバーは分かってくれていた」
 そんなバンドにも20年、コロナの影響が影を落とし始める。音楽イベントは次々と中止に。メンバーの間でも、練習をするかどうかを巡って意見が分かれ、ぎこちない雰囲気になっていった。先が見えないまま3年目に入った22年、浜口さんはバンドを解散することを決めた。
 22年は幸いにも、県内各地のイベントが再開されつつあった。6月に仙台市で開催された音楽祭を皮切りに、松島町、石巻市と続き、9月の気仙沼市がラストステージとなった。おはこは大好きなバンド「東京スカパラダイスオーケストラ」の躍動感あふれる曲。「おじいちゃん、おばあちゃんも手をたたいて盛り上がった。すごいことだよね」と満面の笑みを浮かべる。
 イベント主催者から、また来てほしいと声を掛けられた。「バンドのみんなも楽しそうだった。もし再開したいと考えてくれているなら、復活させたい」。23年は、新しいスタートが切れるかもしれない。 (C)時事通信社