英・Putnam PHMR社のEros Papademetriou氏らは、肺動脈性高血圧症(PAH)治療薬がPAH治療全体に与える経済的影響を検討した後ろ向き研究の結果をJ Med Econ(2023; 26: 644-655)に報告。同氏らは「セレキシパグ内服薬は、トレプロスチニル内服薬/吸入薬と比べ医療費削減効果が高い可能性がある」と述べている。

保険償還データベースを基に解析

 進行性の難病であるPAHに対する治療薬には、エンドセリン受容体拮抗薬(ERA)、PDE5阻害薬(PDE-5i)、プロスタサイクリン受容体作動薬(PPA)の3種類があり、一次治療としてはERAとPDE-5iが一般的に使用されている。一次治療で効果不十分となった患者にはPPAが検討されるが、吸入薬の使用は煩わしく時間もかかる。この問題を解決するため内服薬の開発が進み、米食品医薬品局(FDA)は2013年にトレプロスチニルを、2015年にはセレキシパグを承認した。

 PAHの治療は莫大な経済的負担を伴うため、今回Papademetriou氏らはトレプロスチニル吸入薬およびトレプロスチニル内服薬、セレキシパグ内服薬の3剤の医療経済性について、医療費保険償還データベースを用いた後ろ向き解析で検討した。

1人当たり年間費用と医療資源利用状況を調査

 使用したデータベースはOptum社の Clinformatics® Data Martで、米国の民間医療保険やメディケアの加入者1,400万人分の請求データを匿名化した患者データベースである。

 2016年1月1日~19年10月31日に3剤のいずれかで治療を開始した18歳以上の411例(セレキシパグ内服薬群249例、トレプロスチニル吸入薬群99例、トレプロスチニル内服薬群63例)を最終解析コホートとした。

 患者背景の差は逆確率重み付け(IPW)で調整。患者1人あたりの年間(per-patient-per-year;PPPY)費用と医療資源の利用(healthcare resource utilization;HRU)を比較した。

トレプロスチニル吸入薬群は外来受診回数多い

 解析の結果、あらゆる原因によるPPPY入院費用はトレプロスチニル吸入薬群が最も低く1万6,548ドルで、セレキシパグ内服薬群(2万635ドル)、トレプロスチニル内服薬群(3万9,983ドル)が続いた(P=0.037)。

 PAHに関連したPPPY医療費は、セレキシパグ内服薬群2万4,351ドル、トレプロスチニル吸入薬群4万339ドル、トレプロスチニル内服薬群4万398ドルとセレキシパグ内服薬群がトレプロスチニル服用の2群と比べ40%低かった(P=0.006)。

 一方、あらゆる原因によるPPPY総医療費は、セレキシパグ内服薬群5万9,090ドル、トレプロスチニル吸入薬群7万293ドル、トレプロスチニル内服薬群7万7,380ドルで3群間に有意差はなかった(P=0.32)。しかし、総医療費のうち、外来医療費はセレキシパグ内服薬群3万5,139ドル、トレプロスチニル吸入薬群4万6,707ドル、トレプロスチニル内服薬群2万4,879ドルとトレプロスチニル吸入薬群で有意に高かった(P=0.025)。

 HRUに関しては、PAHに関連したPPPY外来受診回数が、セレキシパグ内服薬群14回、トレプロスチニル吸入薬群22回、トレプロスチニル内服薬群 16回(P=0.001)だった。

入院費節約分を外来費用の増加で相殺

 Papademetriou氏らは「トレプロスチニル内服薬群とセレキシパグ内服薬群/トレプロスチニル吸入薬群の総医療費の差は、入院費の差でもたらされたものだ」と指摘。一方、外来医療費はトレプロスチニル吸入薬群で最も高く(4万6,707ドル)、これについては「必要な医療用品の費用が保険請求に含まれたからだろう」説明している。

 PAHに関連する外来受診回数についてはセレキシパグ内服薬群(14回)とトレプロスチニル内服薬群(16回)で差はないが、トレプロスチニル吸入薬群の22回は患者にとって大きな負担であろうと述べている。

 以上の結果を踏まえ同氏らは「セレキシパグ内服薬やトレプロスチニル吸入薬使用時の入院費用などがしばしば話題になり、トレプロスチニル吸入薬の方が費用が安いと喧伝されることがある。しかし、トレプロスチニル吸入薬の外来医療費は節約された他の医療費を相殺してしまっている」と指摘。「PAH治療に伴う負担の軽減などを考慮すると、PPAとしてはトレプロスチニル吸入薬よりもセレキシパグ内服薬の方が望ましのではないか」と結んでいる。

木本 治