がん患者の予後は治療薬の進歩により大きく改善したものの、薬物療法に伴う腎障害が新たな課題として浮上している。近年、新たに登場した免疫チェックポイント阻害薬(ICI)や分子標的薬の使用が増加しており、対応すべき腎障害も大きく変化していることから、日本腎臓学会、日本癌治療学会、日本臨床腫瘍学会、日本腎臓病薬物療法学会は合同で、昨年(2022年)11月に『がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン』(作成委員長:京都大学腎臓内科学教授・柳田素子氏) を6年ぶりに改訂した(以下、GL2022)。京都大学腎臓内科学講師の松原雄氏はGL2022の改訂ポイントおよび血管新生阻害薬に関する知見について、第66回日本腎臓学会(6月9~11日)で解説した。
ICIに関するCQを多く採用
GL2022は章立てを初版(2016年)の2章から4章へと変更し、「第1章がん薬物療法患者の腎機能評価(治療前)」、「第2章腎機能障害患者に対するがん薬物療法の適応と投与方法(治療前)」、「第3章がん薬物療法による腎障害への対策(治療中)」、「第4章がんサバイバーのCKD治療(治療後)」―と、治療の時系列に沿った形でまとめた。第4章は新たに追加された内容で、松原氏は「がん患者の長期予後が改善する中で、臨床的意義が大きい」と評価した。
複数の専門家が関与する領域であることから、GL2022では各章に腎臓・薬物療法・がん領域で共有すべき知識を新たに総説として16トピックを記載。臨床現場で遭遇しやすい疑問を11のクリニカル・クエスチョン(CQ)として取り上げた。初版の16のCQのうち、刊行後に広く認識されたものはグッド・プラクティス・ステートメント(GPS)へと変更した。
11のCQに対して、初版と同様にシステマティックレビューを施行し、特に、がん患者における推算糸球体濾過量(eGFR)評価(CQ1)や急性腎障害(AKI)のバイオマーカー(CQ2)についてはメタ解析まで行い、エビデンスの確実性を再評価した。また初版刊行以来、ICIの使用件数が増加し腎障害の合併例が増えていることから、GL2022では透析患者に対するICIの使用(CQ4)、腎移植患者に対するICIの使用(CQ5)、ICIによる腎障害回復後のステロイド薬の投与(CQ9)、ICIによる腎障害後のICIの再投与(CQ10)など、ICIに関するCQを多く採用した。
蛋白尿既往例に対する血管新生阻害薬の影響に言及
松原氏は、血管新生阻害薬に関する新たな知見についても紹介した。血管内皮細胞増殖因子(VEGF)阻害薬では、がん薬物療法に伴う腎障害として血栓性微小血管障害症(TMA)を呈する糸球体内皮細胞障害の発現リスクが指摘されており、蛋白尿が臨床症状として現れる。日本人大腸がん患者を対象にVEGF阻害薬ベバシズマブによる蛋白尿の危険因子を検討したところ、独立した危険因子として①男性、②高血圧の既往、③糖尿病、④投与時の蛋白尿または既往―が示され(Jpn J Clin Oncol 2016; 46: 234-40)、蛋白尿既往例に対する血管新生阻害薬の投与リスクが懸念されている。
そこで、GL2022では新たにシステマチックレビューを行い、蛋白尿既往例、併存例に対する血管新生阻害薬の投与が重篤な副作用につながるかを検討した。その結果、血管新生阻害薬の投与は蛋白尿の増悪を来すものの、死亡やeGFR低下との関連は認めなかった。
蛋白尿よりeGFRの低下を重視
これを踏まえ、CQ7「蛋白尿を有する、または既往がある患者において血管新生阻害薬の投与は推奨されるか?」に対するステートメントは、「血管新生阻害薬開始時の蛋白尿の存在は、蛋白尿増悪の危険因子であるという弱いエビデンスがあるが、より重要なアウトカムである死亡、eGFRとの有意な関連は認めないため、蛋白尿の有無にかかわらず血管新生阻害薬の投与は可能であることが示唆される」〔推奨グレード:行うことを弱く推奨する(提案する)〕とした。
GL2022で示された推奨について、松原氏は「腎臓内科医は通常の慢性腎臓病診療時と同様に蛋白尿の増悪を重視する傾向にある。しかし、がん薬物療法中の腎障害診療において、腫瘍内科医にとって切実なアウトカムは死亡やeGFRの低下という点を理解する必要がある」と強調。eGFR低下例では使用できる殺細胞性抗がん薬が限られるため、同氏は「腎臓内科医は腫瘍内科医と連携するに際し、eGFRの低下が不可逆的なものか、クレアチニンクリアランス(CCr)が一定のレベルに維持されているかといった点に注意を払う必要がある」と指摘した。重度の尿蛋白については、ネフローゼ(尿蛋白3+以上)はQOLに影響しうるため重要ではあるものの、同氏は「中等度蛋白尿単独であれば、がん薬物療法の方針を変更することによるデメリットにも配慮すべきである」との考えを示した。
GL2022について、同氏は「現在、日本腎臓学会の公式サイトで公開されており、間もなく英語版も公開予定だ。改訂内容をぜひ臨床に生かしてほしい」と呼びかけた。
(植松玲奈)