妊娠高血圧症候群(HDP)や胎児発育不全などの妊娠期の異常は、母児の命に危険を及ぼす可能性があるにもかかわらず、原因は分かっていない。神戸大学大学院医学研究科准教授の谷村憲司氏、手稲渓仁会病院(札幌市)不育症センターの山田秀人氏、大阪大学微生物病研究所教授の荒瀬尚氏らの研究グループは、自己抗体(ネオセルフ抗体)がこれらの異常に関与することを世界で初めて明らかにしたと、Int J of Mol Sci2023; 24: 10958)に発表した。

有効な治療法のない産科異常症 

 HDPは、脳、肝臓、腎臓などの重要な臓器障害の原因となり、合併症により母児の死亡リスクを高める。合併症の中でも胎児発育不全は、子宮や胎盤での血流不全に伴う酸素・栄養の不足により胎児の子宮内での死亡、出産早期の死亡の原因となる。これらの妊娠期の異常(産科異常症)が起こる機序はほとんど解明されておらず、有効な治療法もないのが現状である。

 これまでの研究から、抗リン脂質抗体症候群(APS)の原因となるネオセルフ抗体が流産を繰り返す不育症や不妊症、子宮体内膜症不妊、反復着床不全に関連する可能性が示されているが、産科異常症との関係は検討されていなかった。

 谷村氏らは、2019~21年に全国5施設に①不育症、②過去または現在の妊娠中にHDP、胎児発育不全、早産を来して通院/入院した女性、③持病および過去の妊娠中の産科異常症がなく、正期産で正常体重児を出産した産後女性(対照群)-を対象に前向き多施設共同横断研究を実施。血液検査によりネオセルフ抗体を測定して各群におけるネオセルフ抗体の陽性率を比較・解析し、不育症、HDP、胎児発育不全、早産との関連性を調べた。

 ネオセルフ抗体の測定は、APSの標的とされるβ2グリコプロテインIとAPSになりやすいヒト白血球抗原(HLAクラス)Ⅱの複合体を表面に発現させた細胞を作製し、患者の血液と反応させて抗体を検出するという方法を用いた。

不育症群で調整オッズ比3.3

 検討の結果、ネオセルフ抗体は、不育症女性(不育症群)462人中78人(16.9%)、過去または現在の妊娠中にHDPを発症した女性(HDP群)138人中24人(17.4%)、過去または現在の妊娠中に胎児発育不全を来した女性(胎児発育不全群)124人中19人(15.3%)、過去または現在の妊娠中に早産した女性(早産群)71人中8人(11.3%)、対照群488人中27人(5.5%)で陽性を示した。

 対象の年齢やBMI、喫煙などの交絡因子を調整した多変量ロジスティック回帰分析の結果、調整オッズ比は不育症群で3.3(95%CI 1.9~5.6、P<0.001)、HDP群で2.7(同1.3~5.3、P<0.001)、胎児発育不全群で2.7(同1.4~5.3、P<0.001)と、これらの産科異常症とネオセルフ抗体との間に有意な関連が示された(表)。

表.ネオセルフ抗体と産科異常症との関連)

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(神戸大学プレスリリースより)

 谷村氏らはネオセルフ抗体が産科異常症に関連することを世界で初めて明らかにした。今後は、「ネオセルフ抗体の阻害または産生を抑制する薬剤の開発により、不育症、HDP、胎児発育不全の治療に結び付けたい」と展望している。

(服部美咲)