高齢者がいつまでも活躍できる社会づくりを提唱した聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんが18日午前、呼吸不全のため105歳で亡くなった。現役医師としての勤務は70年余り。最期は延命措置を望まず、東京都内の自宅で家族らに見守られながら静かに人生の幕を閉じた。
 日野原さんの次男直明さん(69)は同日、都内で取材に応じ、「延命はしないという本人の強い意志だった。無理に命を残す治療に反対していた」と明かした。
 3月下旬から自宅療養を続け、10日前から流動食しか受け付けなくなった。療養中は周囲に「ありがとう」と言葉を掛け、最期は「苦しまず、安らかに眠るように亡くなった」という。
 記者会見した同病院の福井次矢院長によると、日野原さんは20歳で患った肺結核の後遺症で両肺の機能が低く、数年前からは心臓機能などが低下。食物の経口摂取が難しいため、院長が3月20日にチューブで胃に栄養を送る胃ろうを勧めると、「それはやらない」と明言された。
 2012年に100歳で役職を退いた後も、昨年まで緩和ケア病棟を車いすで回り、患者に声を掛けた。「あと10年生きて、いろんなことがしたい」とも話していた。6年制の医学部と異なり、大卒者が学べる4年制のメディカルスクール構想を持っていたという。
 福井院長は「最期まで『つらいところはないですか』と耳元で何度も尋ねたが、そのたびに首を横に振る。すごい人だと思った」と話す。「『死とは生き方の最後の挑戦』などの言葉が印象深い。望ましい人の生き方、人生の終え方を提言され、まさに自ら実践されて生を終えられた」と評した。
 直明さんは「何にでも好奇心があり、(1970年に起きた)よど号ハイジャック事件以降は残りの人生を人のため、自分を捨てて生きていた」と語った。 (C)時事通信社