内戦下の南スーダンで、赤十字国際委員会(ICRC)が支援する病院が次々撤収に追い込まれている。昨年に続き現地入りした武蔵野赤十字病院(東京都武蔵野市)の朝倉裕貴看護師が、去年働いた病院が今はない。「仲間がどうなっているのか全然分からない」。今年の派遣では、戦闘でまた別の病院が撤収に追い込まれ、着の身着のままで脱出してきた患者を受け入れる役割を担った。
 ◇髪乱れ服泥だらけ
 9月7日の帰国後、東京都内で語った。朝倉さんの南スーダン入りは5月。4カ月間、首都ジュバを拠点に国内各地を飛び回り医療支援を行った。昨年も半年間、南スーダンに滞在し、7月にはジュバで戦闘に遭遇。隣国ウガンダに2週間避難し、戻った南スーダンでさらに2カ月間勤務した先が北部コドックの病院だった。ここは今年4月、戦闘激化に伴い撤収に追い込まれている。
 コドックでの戦線が徐々に南下し、7月には南方のマイウットに達した。マイウットにもICRCが支援する病院があり「自力で動けない患者20数名を緊急避難させる」と連絡を受けた朝倉さんは、避難先に指定された中部オールドファンガクへジュバからヘリコプターで真っ先に飛んだ。国際医療支援団体「国境なき医師団(MSF)」が設営した病院の敷地内に間借りし、テントを運び込んで受け入れの準備をしていた。
 しかし、来ない。ICRCの航空機は、政府軍、反政府勢力双方と交渉し、安全の保証を取り付けて初めて飛ぶ。マイウットを離陸した輸送機はこの了承を得られず、患者を乗せたまま一時エチオピアに退避せざるを得なかった。戦火と雨期の豪雨をくぐり抜け、ようやく朝倉さんが待つ避難先にたどり着いた仲間の医療団や患者たちは「髪は乱れ、服は泥だらけ、靴のひもも切れ、見ただけで壮絶さが伝わる姿」だった。
 ◇「着いた」「無事か」
 南スーダンは「国土の6割以上で戦闘が継続中」だ。朝倉さんはジュバで看護師養成などを担う一方、ヘリや小型機で国内各地へ向かい、患者の搬送をはじめ緊急対応に追われた。「データ上は今年の初めの半年間だけで、昨年1年間の搬送件数を上回っていて、確かに私自身、去年より飛んだ」と状況の悪化を実感した。
 拠点としたジュバは「必ず2人以上で行動する」と決まりを守れば外出もできた。しかし「移動は車。無線で本部と『今から出る』『運転手は誰』とやりとりし、到着後も『着いた』『無事か』と連絡を取る」という外出だ。
 一方で、昨年からの変化にも気付いた。患者の搬送や病室の清掃、手術器具の管理を支援するボランティアたちは「1回1回メンバーが代わるごとに教えなくても、自分たちで申し送りできるようになっていた」。戦闘が続く中でも若い世代は成長する。「どちらかと言えばICRCに依存した印象が昨年はあったが、今年は自分たちが主になって動き、自立していた」と感じられたのは明るい収穫だった。 (C)時事通信社