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分子標的薬トラスツズマブが誘発する重症心毒性に炎症誘導経路が関与

学校法人 順天堂
― 心毒性を回避し持続可能な癌治療実現に期待 ―

順天堂大学大学院医学研究科乳腺腫瘍学の佐々木律子非常勤助手、堀本義哉准教授 齊藤光江教授、細胞・分子薬理学 呉林なごみ客員准教授、難病の診断と治療研究センター 江口英孝准教授、ゲノム・再生医療センター 赤松和土教授らの研究グループは、分子標的薬トラスツズマブ(*1)が誘発する重症心毒性(*2)に炎症誘導経路が関与している可能性を明らかにしました。研究グループは、個人差に着目するため乳癌患者由来のiPS細胞由来心筋細胞を用いて細胞機能および遺伝子発現解析を行い、重篤な心毒性患者群の細胞で特徴的であった炎症誘導経路の活性化を抑制することが、トラスツズマブによって誘発される重症心毒性の治療の鍵である可能性を発見しました。本成果は、既存の心保護薬で心機能改善が十分に得られなかった患者への心機能回復のための新規治療法や心毒性発症に関わるバイオマーカーの同定への可能性を示すものです。 本研究成果はCancer Science誌のオンライン版に2022年7月25日付で公開されました。


本研究成果のポイント


トラスツズマブが投与された乳癌患者からiPS細胞由来心筋細胞を樹立した
その患者由来の細胞モデル内でトラスツズマブ誘発性心毒性が再現できることを示した
重篤な心毒性患者群ではカリクレインによって誘発される炎症誘導経路が亢進している特徴が新たに判明し、その経路を阻害することで炎症を抑制し、トラスツズマブの副作用である収縮能低下を改善する可能性が示された


背景
トラスツズマブは、ヒト上皮増殖因子受容体2 (HER2/ErbB2 *3)陽性乳癌患者に対して高い有効性を示す、ErbB2を標的としたヒト化モノクローナル抗体薬 (分子標的薬)です。本薬剤の治療を受ける患者の約10%に副作用として生じる心毒性は、総投与量に依存せずに発症するため予測が困難であり、発症をきっかけに乳癌の治療を中断せざるを得ないこともあります。しかし、その機序の詳細は明らかになっておらず、治療戦略が確立していないことから、本研究では、患者の個人差 (副作用を発症する人たちと発症しない人たちの違い)に着目して、心毒性の発症機序やその生物学的特徴の解明を目的としました。

内容
研究グループは、順天堂医院でトラスツズマブが投与された468名の乳癌患者から、心機能を評価する項目の一つである左室駆出率が薬剤投与前の数値より30%以上低下した重篤な心毒性患者 (SP群)と対照群である心毒性を発症しなかった患者 (NP群)の各3例を選択し、採取した末梢血からiPS細胞由来心筋細胞を樹立しました。この細胞を使って、まず、心毒性の特徴である心機能低下について収縮能を検証したところ、1週間のトラスツズマブ添加後にSP群でより顕著な収縮能低下が確認されました。また、細胞内エネルギー代謝の観点では、アデノシン三リン酸 (ATP)産生量、活性酸素種、オートファジーにおいて、SP群でより顕著な代謝障害を認めました。その一方、酸素消費速度を指標に評価したミトコンドリア機能は、トラスツズマブ濃度が高くなるにつれて最大呼吸速度の低下を認め、薬剤によるミトコンドリアの機能不全が生じることは示されましたが、両群間で有意差は認めませんでした。以上より、SP群で表現される収縮能低下は、ミトコンドリア機能不全以外のErbB2経路阻害を介した要因が関与していることが示唆されました。

さらに原因を探索する目的で、各群のiPS細胞由来心筋細胞においてトラスツズマブ添加群と無添加群でRNAシーケンスを行いました。SPとNP群の発現差異を解析して候補遺伝子を抽出し、心毒性の機序に関与する候補を見出しました。トラスツズマブ無添加群ではプロテアーゼ関連遺伝子であるカリクレインKLK5(*4)とKLK8(*4)、トラスツズマブ添加群ではIL1β,TNFRSF8等の炎症誘導性遺伝子の発現が全SP群で有意に高値であったことから、研究グループは炎症関連経路に着目しました。定量的リアルタイムPCR結果に基づく仮説を蛋白質機能解析で検証し、炎症に関わるKLK5-PAR2(*5)-MAPK経路がSP群でより高い活性を示すことが確認されました(図1)。さらに、PAR2アンタゴニスト(*6)である 小分子I-191とペプチドFSLLRY-NH2により、トラスツズマブ添加で上昇したIL1βmRNA発現量を抑制できることが示されました。


図1:本研究で明らかになったトラスツズマブ誘発重症心毒性に関わる炎症経路
今後の展開
今回、トラスツズマブの投与で心機能低下があらわれやすくなる、重症な心毒性患者の新たな特徴として、炎症シグナルが亢進しやすく、脆弱性を示す薬剤高感受性をもつことが示唆されました。トラスツズマブによりErbB2経路を介した心保護経路が抑制されることで、その負の影響があらわれやすいと考えられます(図2)。今後、炎症誘導経路に着目した新たな治療戦略が、がん治療継続への一手として期待されます。


図2:本研究で得られた知見のまとめ

用語解説
*1 トラスツズマブ: 分子標的薬の1種で、ErbB2受容体の二量体化を阻害し、抗腫瘍効果を発揮するヒト化モノクローナル抗体。予後不良で知られていたHER2/ErbB2タイプ乳癌の予後を劇的に改善した。
*2 心毒性: がん薬物治療によって引き起こされる心機能障害や心不全を指し、がん治療関連心機能障害 (CTRCD)と総称されている。近年、研究報告が増え注目されている分野の一つ。
*3 HER2/ErbB2: ヒト上皮細胞増殖因子受容体2で、細胞膜上のErbB2蛋白が何らかの異常で過剰発現した乳癌がHER2/ErbB2タイプ乳癌として知られており、トラスツズマブを含む抗HER2療法の高い有効性が知られている。
*4 カリクレイン(KLK): ヒトゲノムの中で最大のプロテアーゼ遺伝子群にコードされる15種類の分泌型セリンプロテアーゼファミリー。KLKは、炎症や癌などの疾患など様々な生物学的プロセスに関与する。
*5 プロテアーゼ活性受容体2 (PAR2): KLKの基質のひとつは7回膜貫通型Gタンパク質共役型受容体スーパーファミリーのPARであり、そのメンバーであるPAR2はKLKなどのリガンドによって活性化される。
*6 アンタゴニスト: 細胞受容体分子に働いて神経伝達物質やホルモンなどの働きを阻害する薬剤。

研究者のコメント
本研究では乳癌の治療を中断せざるを得ない薬剤誘発性心毒性のメカニズムに迫りました。侵襲性の高い心筋の生検をすることなく、患者さんから採取した末梢血からiPS細胞由来心筋細胞を樹立し、重症心毒性に関与する可能性がある炎症誘導経路の関与を見出しました。その患者由来iPS細胞由来心筋細胞の樹立に1年以上要しましたが、疾患メカニズムの解明、ひいてはドラッグスクリーニングにおいて有用となる可能性があります。今後はダイレクトリプログラミングなどの手法を駆使することによって、もっと短時間で患者さんの利益に還元しうるプラットホームとして本細胞モデルが貢献できる将来性を感じます。また、この研究を通じて、がん治療による心血管疾患関連の副作用を扱う腫瘍循環器領域の重要性が広く認識されることを期待します。

原著論文
本研究成果は、医学雑誌「Cancer Science」のオンライン版で(2022年7月25日付)掲載されました。
タイトル: Involvement of kallikrein-PAR2-proinflammatory pathway in severe trastuzumab-induced cardiotoxicity
タイトル(日本語訳): トラスツズマブ誘発性重症心毒性にカリクレイン-PAR2を介した炎症経路の関与
著者:Ritsuko Sasaki,1 Nagomi Kurebayashi,2 Hidetaka Eguchi,3 Yoshiya Horimoto,1 Takahiro Shiga,4 Sakiko Miyazaki,5 Taku Kashiyama,2 Wado Akamatsu,4 Mitsue Saito1
著者(日本語表記): 佐々木律子1)、呉林なごみ2)、江口英孝3)、堀本義哉1)、志賀孝宏4)、宮崎彩記子5)、樫山拓2)、赤松和土4)、齊藤光江1)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科 乳腺腫瘍学講座、2)順天堂大学大学院医学研究科 細胞・分子薬理学、3)順天堂大学大学院医学研究科 難病の診断と治療研究センター、4)順天堂大学大学院医学研究科 ゲノム・再生医療センター、 5)順天堂大学大学院医学研究科 循環器内科学講座
doi:10.1111/cas.15508

本研究は文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業の支援を受け実施されました。

なお、本研究にご協力いただいた研究基盤センター共同研究・研修室(I)や形態解析イメージング研究室の皆様には深謝いたします。
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