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妊娠中の農薬の摂取が、子どもの自閉症の発症に影響か ~新しい予防法・治療法の開発に期待~

国立大学法人千葉大学
 千葉大学社会精神保健教育研究センターの橋本謙二 教授(神経科学)、大学院医学薬学府博士課程3年の蒲垚宇 氏らは、妊娠中の農薬グリホサートの摂取が、子どもの自閉症スペクトラム障害(※1 ASD: autism spectrum disorder)などの神経発達障害の病因に関係している可能性があることを示しました。病因が未解明となっているASDの予防法・治療法の開発の足掛かりになることが期待されます。本研究成果は、2020年5月11日(米国)に米国科学アカデミー紀要の電子版で公開されます。



研究の背景

 ASDは代表的な神経発達障害ですが、その病因は未だ明らかにされていません。一方で、多くの疫学研究から、環境要因(農薬等の環境化学物質など)がASDの発症に寄与している可能性が指摘されています。2019年4月に英国BMJ誌に掲載された論文では、米国カリフォルニア州の農業地帯の人口ベースの症例対照研究において、農薬の一種であるグリホサート(※2)に暴露された妊婦から生まれた子どもは、ASDを発症した割合が、暴露されなかった妊婦から生まれた子どもと比較して高かったことが報告されました。


研究成果

 研究チームは、グリホサートを妊娠マウスに飲料水として与えた動物モデル(※3 母体免疫活性化モデル)を用いて、下記の実験を行いました。その結果から、妊娠中の農薬の摂取が、子どものASDの発症に関係している可能性が示唆されたほか、多価不飽和脂肪酸の代謝に関わる可溶性エポキシド加水分解酵素 (※4 sEH : soluble epoxide hydrolase )の異常が、ASD様の行動異常の発生に重要な役割を果たしていることも明らかになりました。

図1:グリホサートの構造式
図2:前頭皮質におけるsEH発現量の差
1. 農薬を含む水を飲ませた妊娠マウスから生まれた仔マウス(以下、母体暴露群)の行動異常


- 妊娠マウスにグリホサートを含む水を離乳期(生後21日)まで与えると、生まれた仔マウスがASD様の行動異常(社会性相互作用の障害など)を示した。

2. 母体暴露群と、通常の水を与えた妊娠マウスから生まれた仔マウス(以下、コントロール群)との比較結果
- 母体暴露群の腸内細菌叢はコントロール群と比較して乱れていた。
- 母体暴露群の前頭皮質のsEHの発現はコントロール群と比較して有意に高く(図2)、同部位におけるエポキシ不飽和脂肪酸の量は有意に低下した。

3. sEH を阻害することによる行動異常の抑制効果
- 妊娠マウスへ sEH 阻害薬※5TPPUを妊娠期から離乳期まで投与すると、母体暴露群のASD様の行動異常が抑制された。

今後の展望と課題

 本実験で用いたグリホサートは高濃度(0.098%)であるため、本結果からヒトでの妊婦のグリホサートの摂取が、子どもにASDを引き起こすという結論は導き出せません。しかし、グリホサートなどの農薬は、残留農薬として輸入小麦等に混入している可能性が指摘されており、食事として摂取している可能性があります。農薬の母体暴露と子どものASD発症との関連については、今後、妊婦を対象とした大規模な追跡研究を実施する必要があると考えます。例えば、妊婦の血液や尿中のグリホサート等の農薬の濃度測定と、生まれた子どもの追跡調査(ASD発症率など)を実施することで、ASDの病因に農薬の母体暴露が関係しているかが明らかになると考えられます。


論文情報

・論文タイトル:Maternal glyphosate exposure causes autism-like behaviors in offspring through increased expression of soluble epoxide hydrolase.
・雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
・DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.192287117

研究プロジェクトについて

 本研究は千葉大学社会精神保健教育研究センター、米国カリフォルニア大学デービス校が共同で実施したものです。また本研究は、科学研究費補助金(17H04243)の支援を受けて行われました。


用語説明

※1 自閉症スペクトラム障害(ASD):ASDの発症は、遺伝的要因と環境的要因が関与していることが示唆されているが、詳細な原因は未だ不明である。これまでの多くの疫学研究から、妊娠期の母体の炎症が、子どもの神経発達障害の発症リスクを高めることが示唆されている。

※2 グリホサート:1970年に米国モンサント社(現在:バイエル社)が開発した除草剤(農薬の一種)。アミノ酸グリシンの窒素原子にホスホノメチル基が置換した化合物。植物のシキミ酸経路に作用して、生育に必要な芳香族アミノ酸の合成を阻害し植物を枯らす。シキミ酸経路はヒトを含む哺乳類には存在しないが、ヒトの腸内細菌はシキミ酸経路を有することから、グリホサートはヒトの腸内細菌叢を乱す可能性がある。近年、ASD患者における腸内細菌叢の異常が数多く報告されている。2015年、国際がん研究機関は、グリホサートを発がんのリスクが高い区分(2A)にした。またグリホサートは、「除草剤耐性遺伝子組み換え作物」に幅広く使用されている。

※3 母体免疫活性化モデル:妊娠動物に炎症を引き起こす化合物「poly(I:C)など」を投与すると、生まれてくる仔にASDと類似した行動異常が出現することから、国内外でモデル動物として幅広く使用されている。

※4 可溶性エポキシド加水分解酵素(sEH):アラキドン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)などの多価不飽和脂肪酸を代謝する酵素で、代謝によって生じるエポキシ脂肪酸は、強力な抗炎症作用を示す。

※5 sEH阻害薬:エポキシ脂肪酸による強力な抗炎症作用の治療薬として期待されている薬。TPPUは、実験に使用されているsEH阻害薬である。海外共同研究者Bruce D. Hammock教授(米国EicOsis社)は、新規sEH阻害薬EC5026の臨床試験を実施中である。
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