自分らしい人生を生きるために必要な「患者力」の向上を。「がん医療者がリードする、がん患者の患者力向上のための啓発プログラム」活動の軌跡
「患者力」という言葉を見聞きしたことはあるだろうか。患者力とは、患者自身が自分の人生を生きるために必要な姿勢を指す。そんな患者力の大切さを啓発し、医療者向けにワークショップを行っているのが、一般社団法人オンコロジー教育推進委員会のPatient Empowerment Program(以下、PEP)だ。
2020年から年1回「がん医療者がリードする、がん患者の患者力向上のための啓発プログラム」を実施しており、ファイザー株式会社と日本癌治療学会から医学教育助成プログラムに採択されたことで、今年度からは資金を得てより活動の幅を広げている。
活動を始めた経緯、「患者力向上」のためのプログラムを医療者向けに行っている理由、目指す先について、PEPの東光久医師(奈良県総合医療センター)のインタビューをまとめた。
写真:2022年度のワークショップ集合写真(一番後列右から4人目が東医師)
始まりは患者力の大切さへの医師同士の共感
一般社団法人オンコロジー教育推進委員会が設立されたのは2010年3月。日本人男性の2人に1人、女性の3人に1人ががんにかかるなか、がん医療に携わる医療者の育成支援、がん患者と家族、一般生活者に対するがん医療の啓発と情報研究、新しいがん治療法の臨床研究の支援など、がん医療の推進に貢献することを目的とする団体だ。
がんのチーム医療に携わる若手医療者の教育と育成を行うJ-TOP(Japan TeamOncology Program)、がん診療において、エビデンス(根拠)に基づく医療(EBM)だけでなく、エビデンスの構築(臨床試験)やエビデンスのない領域の医療をも実践するための教育を行うJ-HOPE(Japan Health & Oncology Practice Enhancement)プログラムが主な事業。
2020年1月に第1回を開催した「がん医療者がリードする、がん患者の患者力向上のための啓発プログラム」は、J-HOPE傘下のPEPにより企画開催されている。
PEP設立は、東光久医師が4年前にJ-TOP主催のセミナーに参加した際、上野直人医師(ハワイ大学がんセンター)、下村昭彦医師(国立国際医療研究センター)と議論したことがきっかけだった。
「上野先生はご自身ががんに2度かかった経験があります。その経験もあり、患者力の重要性を痛感するようになったのだそうです。『がん患者には患者力が必要だと思うし、それを医療者が引き出せるようになる必要があると思うが、どう思うか?』と問われ、その通りだと思いました。以前より患者さんが病気や人生に向き合って自分らしい人生を送ってほしいと思っていましたから、『患者力という言葉は素晴らしい。100%同意します』と答えました。そこからPEPを立ち上げる流れが生まれ、私も参画したのです」
PEPが定義している患者力とは、「自分の病気を医療者任せにせず、自分事として受け止め、いろいろな知識を習得し、医療者と十分なコミュニケーションを通じて信頼関係を築き、人生を前向きに生きようとする患者の姿勢」。医療者との対話(Communication)、病状の理解(Medical Literacy)、そして自分の意志をしっかりと伝える(Assertiveness)の「MACスキル」を構成要素としている。がん医療に必要な柱にはエビデンス、チーム医療があり、患者力は3本目の柱だ。
ある白血病患者の姿勢から実感した患者力の大切さ
PEPの活動を始める以前、東医師が患者力の大切さを実感じたエピソードがある。血液内科医として研修先に勤めていた際、白血病患者だったAさんを引き継ぐことになった東医師。引き継いだときには入院して半年が経っていたが、病状は良くならず、幹細胞移植ドナーも見つからない状況だった。東医師が担当後には治験薬も試したが、残念ながら効かず、その後、血液中の白血球がすべてがん細胞になってしまったという。
「当時のAさんは無菌状態にしたクリーンルームで過ごしていました。そこに行って病状をご説明したところ、『治らないことはわかっています。だから、退院したいです』と言われたんです」
病気が発覚し、着の身着のまま入院生活に入り、半年が経過していたAさん。白血病患者は感染症になりやすく、感染した場合は命に関わる。通常であれば、Aさんは退院できるわけがない状態だった。
「でも、Aさんは『治らないのなら、限られた時間を夫と子どものために使いたい。このまま入院して輸血をされているだけでは生きている意味がない』とおっしゃった。これで踏ん切りをつけました。自宅近くの病院に紹介状を出し、退院を決めたんです。指導医の先生には叱られましたね。私も、退院できたものの、1~2週間で亡くなってしまうのではないかと心配しながらの決断でした」
しかし、Aさんは退院して半年間生き抜いた。東医師が自宅に電話した際、Aさんは「私は元気です。とても幸せです。ありがとうございました」と答えたという。
「今思い出しても、Aさんの生き方に感動しています。自分の思いを医療者である僕に伝えてくれた。その根底には医学的な知識があり、自分の病状を冷静に受け止めた上でご自分の想いを伝えたのだと思いました。振り返ると、この方には患者力に求められる要素が揃っていたんだなと思ったんです。患者力があるから治るわけではなく、治らない病気はやはりある。ただ、いずれにせよ患者さんがどう生きたいのかが重要なことに変わりはありません。むしろ、治らないときにこそ患者力が求められるとも言えるでしょう」
患者と経験や知識に差があるからこそ、医療者に向けた啓発活動を
「患者力」というと、患者が自ら身に付けなければならないもののように思えるかもしれない。しかし、PEPが開催している「がん医療者がリードする、がん患者の患者力向上のための啓発プログラム」は医療者向けの教育プログラムだ。
PEPが医療者にフォーカスした活動をしようと決めたことについて、東医師は患者と医療者との知識や経験の差を挙げる。
「病気になって気持ちが下降気味の患者さんが、知識や経験に圧倒的な差がある医療者と対等に話し合うのは困難なことです。一般に見られる活動は患者力を患者さんが身に付けられるように医療者や識者が啓発するものでしたが、医療者が患者力の大切さに気付いて、患者さんの患者力を引き出せるようになったほうがいい。医療者の行動変容の方が現実的であり、変化が大きいのではないかと思ったんです」
上野医師、下村医師、東医師の3名の繋がりから、関心を示しそうな知り合いに声をかけ集ったメンバーが今のPEPだ。
まずは、全国に散らばるメンバーでオンライン会議を行い、活動の目的や内容について話し合った。構想から4、5ヵ月後、がん治療学会のイブニングセミナーで、患者力という考え方とPEPの目的について説明。ギリギリに案内をしたにも関わらず、当日の会場は超満員で、大きな反響を受け、「がん医療者がリードする、がん患者の患者力向上のための啓発プログラム」の開催に至った。
東医師は「活動に期待していると言われて、勇気づけられました」と当時を振り返る。メインの活動をワークショップにしたのは、姉妹版であるJ-TOPががんのチーム医療を学ぶワークショップを開いていることに倣ったことによる。
「初回は患者力の向上に関心のある知人の医療者を中心とした参加者で、事例を元にしたディスカッションが中心でした。現場でのリアルなケースを取り上げ、問題点や医療者がどうアプローチをしたらよかったのかについて話し合ったんです。そこから毎年1回のワークショップを軸に、活動を行ってきました」
第2回は秋田、第3回は福島で、コロナ禍ということもありオンラインで実施。第4回となる前回は東医師のいる奈良での開催で、数年ぶりに現地開催が可能となった。患者のMACスキルを引き出すためには医療者が共感的態度を示すことが必要であると考え、専門家を招いての事例検討会も毎月実施している。参加者は医師の他、看護師が多く、最近では薬剤師の数も増えている。また、セラピストやソーシャルワーカーも多くなっているという。
ファイザー株式会社・日本癌治療学会からの資金援助を受け、活動を本格化
資金の都合もあり、年1回の開催に留まっていたワークショップ。ファイザー株式会社と日本癌治療学会の医学教育助成プログラムに採択され、2023年度からはより多くの施設と医療者にワークショップを提供することが可能になった。
「年1回のワークショップに参加する医療者の方は、すでに患者力に関心のある方であり、その方1人だけがMACスキルを持ち帰っても、医療機関内に浸透させるのは難しい場合もあります。医療機関単位でワークショップを開催できれば、その施設で働く医療者に学んでいただけると考え、要望を聞きながら全国各地で開催したいと思っているんです」
また、活動の幅も広がっている。PEPを立ち上げ、ワークショップ開催を「目指す」ところから始まり、ワークショップで「学ぶ」活動を開始、「聴く」活動として外部への情報発信、がん関連の学会でのシンポジウム開催、メディア取材を受けている。また、大正大学表現文化学科と連携しての「創る」取り組みも実施。学生が患者力をテーマにしたPR企画を考案し、市民への啓発活動を進めている。さらには、「読む」として出版活動を展開、これまでに4冊の書籍を出版した。
第4回まで続けてきたワークショップを経て、東医師は「改めて医療者のノンテクニカルスキルの向上の必要性を感じました」と語る。
「医師、看護師、薬剤師など医療者にはさまざまな職種がありますが、いずれも学生時代に学ぶのは目に見えて結果がわかるテクニカルスキルであり、どうしてもそれ中心になってしまいます。対してノンテクニカルスキルとは、コミュニケーションやリーダーシップなどを指します。チーム医療や患者さんとの関わりで非常に大切になるスキルですが、こちらはなかなか教わる機会がない。特に医師は研修医になる前から『チーム医療の中心は医師だ』と言われるものの、どうあるべきかのリーダーシップを学ぶ機会はなく、そのまま現場に出ることが多いのです。
医療者はサイエンスだけではなく、哲学や芸術など、リベラルアーツも学ぶべきだと思っています。若いうちほどテクニカルスキル向上に目が向きがちのため、ワークショップの参加者は年齢層が高めですが、もっと若い方にも関心を持ってもらえたらうれしいです」
患者力はがん患者に限らず必要な力。活動の幅を広げ、誰もが身に付けられる未来を目指して
資金を獲得し、今後3年間は個別開催も含めワークショップの回数を増やすPEP。さらに、全国の医療者が自分たちでワークショップを開けるよう、過去の参加者からファシリテーターを育成し、自走できるような体制を整えていきたいと東医師は語る。また、現在は1パターンのみのワークショップのコンテンツも、患者の世代別などで種類を増やしていきたいという。
「最終的にはMACスキルを学ぶベーシックコースと、人としての関わり方という根本的な部分を学ぶアドバンストコースも作れたらと思っています。若い方はすぐに活用できる学びに関心が高いですから、まずはベーシックコースだけでも受けてみようなど、ハードルを下げたいなと」
また、いずれは慢性疾患など、がん患者以外にも患者力について広げていきたいとも東医師は語る。実際、すでにエイズ学会での共催シンポジウムから声がかかるなど、関心も示されているという。
「すべての人が病気とは無縁ではない現代において、患者力は必須です。そのため、いずれは学校教育と連携し、子どもの頃から患者力の大切さについて学べるようにしたいと思っています。日本には慢性疾患、多疾患併存の方が多く、多死社会が本格的になるなかで、患者力はどのように生きるかという力であり、一人ひとりがウェルビーイングを実現する上でなくてはならないものです。医療者はもちろん、一般市民の方にも、ぜひ興味を持っていただけるとうれしいです。私たちを応援し、仲間になってほしいと願っています」
■プロジェクト名
Patient Empowerment Program (PEP) 医療者がリードするがん患者の患者力向上のための啓発プログラム
実行委員長:東 光久(奈良県総合医療センター 総合診療科)
実行委員:
小室 雅人 (国立国際医療研究センター 薬剤部)
下村 昭彦 (国立国際医療研究センター 乳腺腫瘍内科)
長谷川 友美(奈良県総合医療センター 看護部)
守田 亮 (秋田厚生医療センター 呼吸器内科)
和田 美智子(秋田厚生連本所 メディカルソーシャルワーカー)
立松 典篤 (名古屋大学医学部保健学科 理学療法学)
スーパーバイザー
上野 直人(ハワイ大学がんセンター センター長)
アドバイザー:
石井 均 (奈良県立医科大学 医師・患者関係学講座 教授)
伊藤 高章 (立正佼成会附属佼成病院 チャプレン)
福岡 正博 (一般社団法人オンコロジー教育推進プロジェクト理事長: 和泉市立総合医療センター名誉総長)
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(2023/10/18 09:00)
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