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自閉スペクトラム症傾向の強い人達の知覚では事前の経験が活用されていない-感覚過敏やスポーツ不得手の原因解明に向けて-

国立大学法人 静岡大学
-静岡大、国立障害者リハビリテーションセンター研究所が実証-

静岡大学 和田真 客員教授(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)と情報学部 宮崎真 教授らの研究グループは、自閉スペクトラム症の傾向が強い人達の知覚では事前の経験が十分に活用されていないことを、触覚刺激の時間順序判断を用いた心理物理学的実験により実証しました。




 自閉スペクトラム症は、主に社会的なコミュニケーションの困難によって特徴づけられますが、感覚過敏などの知覚的症状をしばしば伴います。その原因を説明する「事前情報不全説」が提唱されています。理論上、脳は事前の経験から得られた情報 (事前情報) を感覚信号と統合することより、感覚信号に含まれるノイズの影響を減少させて、知覚や運動行為を最適化しています。しかし、自閉スペクトラム症者の知覚では事前情報が利用されず、感覚信号のノイズがありのまま知覚され、それが感覚過敏につながる―これが「事前情報不全説」です。自閉スペクトラム症者の特徴の一つにスポーツの不得手もありますが、事前情報不全説により、これを説明することも可能です。
 研究グループは、この説を検証するために、触覚刺激の時間順序判断を用いた心理物理学的実験を、定型発達者と自閉スペクトラム症者を対象に実施しました。その結果、事前情報不全説の予見通り、自閉スペクトラム症傾向の強い参加者では事前情報を利用する度合が低くなっていました。
 この成果は、自閉スペクトラム症の定量的診断法の開発や発症機序の解明のための基盤知見の一つとなります。また、この成果を通じて、理論的根拠をもって、自閉スペクトラム症を有する人達にとって快適な環境や機器のデザインが可能となっていくことも期待されます。
 本成果は、Springer Nature社 (独・英) の刊行する Journal of Autism and Developmental Disorders に掲載予定です。
オンライン先行公開中  https://link.springer.com/article/10.1007/s10803-022-05442-0

【研究の背景と狙い】
 自閉スペクトラム症を有する人達は、社会的なコミュニケーションに困難があることが知られていますが、しばしば知覚的な症状も呈します。たとえば、大きな音、強い光、着慣れない衣服などに対して不安や不快感を示す感覚過敏を伴っているケースが多くみられます。
 この感覚過敏の原因をベイズ推定モデル※(用語解説) に基づき説明する「事前情報不全説」が提唱されています1。ベイズ推定モデルによれば、脳は事前の経験から得られた情報 (事前情報) を感覚信号と統合することより、感覚信号に含まれるノイズの影響を減少させて、知覚や運動行為を最適化しています2。
 しかし、自閉スペクトラム症者の知覚の形成にあたっては事前情報が利用されず、感覚信号のノイズがそのまま知覚され、それが感覚過敏となる―これが「事前情報不全説」です。
 本研究グループは、ベイズ推定モデルに基づき計画した触覚刺激の時間順序判断を用いた心理物理学的実験を実施し、この「事前情報不全説」の検証を行いました。
図1
図1. 実験の方法と結果の分析. a: 触覚刺激装置を着けた手. b: 刺激時間差の頻度分布. c: 心理測定関数. 「右手が先」と判断した割合が0.5となる刺激時間差で, 参加者は左右の刺激を同時と判断していたと考えられる (主観的同時点, PSS). 左手先/右手先を頻繁に経験し, その順番に従った判断をするようになると, 主観的同時点は右手先/左手先方向にシフトする. その右/左のシフト量のあいだの距離 (∆PSS) により, 参加者が事前情報 (左手/右手の方が先に刺激された頻度が高かった) を頼った度合を評価できる.


図2
図2. 触覚刺激の時間順序判断にあたって参加者が事前情報を頼った度合. 定型発達群のうち自閉スペクトラム症傾向の低い参加者 (低AQ群) では, その度合が有意に0よりも大きく, 事前情報を利用していたことが示されている. 一方, 自閉スペクトラム症傾向の高い参加者 (高AQ群) と自閉スペクトラム症の診断を受けた参加者 (自閉スペクトラム症群) では, その度合は0と有意な差がなく, 事前情報を利用していなかったことが示されている.
 赤い十字 (+) は, 自閉スペクトラム症に加えて注意欠如・多動症 (ADHD) の診断を受けていた参加者 (#3) の値. ADHDの治療のためメチルフェニデート(コンサータ)を服用しており, その薬理効果によって他の自閉スペクトラム症群の参加者とは異なる応答を示した可能性が考えられる.

【研究の方法と結果】
 発達障害の診断を受けていない参加者29名 (定型発達群) と自閉スペクトラム症の診断を受けた参加者8名 (自閉スペクトラム症群) のデータを分析しました。全ての参加者が自閉スペクトラム指数 (Autism-spectrum quotient, AQ) の検査を受けました。AQスコアが26点以上あると自閉スペクトラム症の可能性があるとする報告に基づき、定型発達群のうちAQスコアが26点未満の参加者 (22名) を低AQ群 (自閉傾向が低い人)、26点以上の参加者 (7名) を高AQ群 (自閉傾向の高い人) に分けました。
 図1aに示されるように、参加者は、左右の人差し指のそれぞれに触覚刺激 (タップ刺激) を受けました。左手への触覚刺激と右手への触覚刺激のあいだには、±20–±260ミリ秒の時間差 (−: 左手先, +: 右手先) が設けられ、参加者は左右の手のどちらが先に刺激されたかを判断しました。
 先行研究3により、左手 (右手) が先となる刺激を繰り返し経験すると、参加者は左手 (右手) が先と判断する割合が一定度高まることが確かめられていました。これは、脳が時間順序判断にあたってベイズ推定を行っていたこと、すなわち、事前の試行で頻繁に経験した順序を頼っていたことで説明されます。このような判断をすると、たとえば刺激時間差が短く、判断が難しいときに正解となる確率が高まります。
 これに基づき、本研究では、左手の方が頻繁 (約 84%) に先に刺激された場合 (左手先偏向条件, 図1bの点線) と右手の方が頻繁 (約84%) に先に刺激された場合 (右手先偏向条件, 図1bの実線) のあいだで主観的同時点の差 (∆PSS) を算出しました (図1c)。この∆PSSは時間順序判断にあたって参加者が事前情報を利用していた場合は正の値を示し、その度合いが高くなるほど大きな値となります。一方、事前情報を全く利用していなかった場合は0となります。
 実験の結果、図2に示されるように、低AQ群では、∆PSSが統計的に有意に0よりも大きな値を示しました。つまり、時間順序判断にあたって、自閉傾向が低い参加者は事前情報を利用していました。一方、高AQ群と自閉スペクトラム症群では、∆PSSが0と有意な差がありませんでした。つまり、時間順序判断にあたって、自閉傾向が高い参加者や自閉スペクトラム症を有する参加者は事前情報を利用していませんでした。

【研究成果の意義と今後の展望】
 本研究の結果、自閉スペクトラム症者の知覚では事前の経験が利用されていないとする説 (事前情報不全説1) が支持されました。この成果は、自閉スペクトラム症者の感覚過敏などの知覚的症状の発症メカニズムを明らかにし、その支援法を検討していくための基盤知見の一つとなります。
 また、今回の実験で用いた時間順序判断は、知覚処理だけでなく、意思決定など、より高次の認知処理も反映し、運動制御と神経基盤を共有していることも報告されています4。到達動作2やタイミング動作5のような運動行為でもベイズ推定が行われていること、即ち、事前情報を利用して課題成績を向上していることが報告されています。自閉スペクトラム症者の特徴の一つであるスポーツの不得手もありますが、本研究で得られた知見は、この問題にも適用・応用できる可能性が考えられます。
 本研究の成果は、自閉スペクトラム症の定量的診断法の開発や発症機序の解明に寄与することが期待されます。また、この成果を通じて、理論的根拠をもって、自閉スペクトラム症を有する人達にとって快適な環境や機器をデザインしていくことが可能となっていくことも期待されます。

【引用文献】
1. Pellicano, E., & Burr, D. (2012). When the world becomes ‘too real’: A Bayesian explanation of autistic perception. Trends in Cognitive Sciences, 16, 504–510.
2. Körding, K. P., & Wolpert, D. M. (2004). Bayesian integration in sensorimotor learning. Nature, 427, 244–247.
3. Miyazaki, M., Yamamoto, S., Uchida, S., & Kitazawa, S. (2006). Bayesian calibration of simultaneity in tactile temporal order judgment. Nature Neuroscience, 9, 875–877.
4. Miyazaki, M., et al. (2016). Dissociating the neural correlates of tactile temporal order and simultaneity judgements. Scientific Reports, 6, 23323.
5. Miyazaki, M., Nozaki, D., & Nakajima, Y. (2005). Testing Bayesian models of human coincidence timing. Journal of Neurophysiology, 94, 395–399.

【論文情報】
論文タイトル:Weakened Bayesian Calibration for Tactile Temporal Order Judgment in Individuals with Higher Autistic Traits (自閉スペクトラム症傾向に高い人達では触覚刺激の時間順序判断におけるベイズ較正が弱まる)
掲載誌:Journal of Autism and Developmental Disorders (巻号等未定, オンライン先行刊行中)
オンライン先行刊行公開サイト:https://link.springer.com/article/10.1007/s10803-022-05442-0
著者:Makoto Wada (和田真)*1, 2, Yumi Umezawa (梅沢侑実)1, Misako Sano (佐野美沙子)1, Seiki Tajima (田島世貴)1, Shinichiro Kumagaya (熊谷晋一郎)3, Makoto Miyazaki (宮崎真)*2
*corresponding authors (責任著者)
1. 国立障害者リハビリテーションセンター
2. 静岡大学
3. 東京大学

【用語解説】
※ベイズ推定モデル:
18世紀の牧師・数学者・哲学者のトーマス・ベイズ (1701-1761) が死後に発表したベイズの定理に基づく確率論的推定モデル。感覚運動系のベイズ推定は下記の式 (1) のように表されます2。この式に従えば、課題標的 (時間順序判断では、左右の刺激のどちらがどのくらいの時間差で先行していたか) の正解率を最も高くする推定は、その課題標的に関する事前情報を感覚信号と最適統合することにより得られます。感覚信号の精度が低い (高い) 場合は、事前情報により大きく (低く) 頼ることで、その推定が最適化されます。これにより、推定値の分散は、感覚信号の分散 (ノイズ) よりも必ず小さくなります。このベイズ推定モデルと一致する結果が、到達動作2、タイミング動作5、時間順序判断3などの知覚-運動課題で広く報告されています。
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