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世界初 糖誘導体の自然不斉増幅に成功

国立大学法人千葉大学
~結晶化誘起不斉増幅法によるメソ糖およびジオール類の不斉非対称化~

 千葉大学大学院工学研究院 坂本 昌巳教授のグループが、糖誘導体のラセミ体混合物から動的結晶化法を用いて、鏡像異性体(注1)の片方だけを高い純度で選択的に得ることに世界で初めて成功しました。  これにより、生体分子に関する未解明の課題、ひいては原始地球における生命の起源を解明する手がかりとなる可能性があります。  本研究成果は、2022年2月28日に、独化学誌 Angewandte Chemie International Edition にオンライン掲載されました。



研究の背景と目的


 地球上の生物を構成するタンパク質やDNAなどの生体分子には、鏡像異性体の片側だけのアミノ酸や糖類が利用されています。しかしながらこれら生体分子のホモキラリティー(注2)の起源はまだ解明されていませんでした。地球外からの隕石によりアミノ酸や糖類などの僅かな不斉の偏りのある物質から片方の鏡像異性体への不斉増幅(注3)が起こったとも考えられています。これまでにアミノ酸については、キラルな光による不斉分解(注4)や不斉増幅が研究されていましたが、もう一つの重要な生体分子である糖類についての不斉増幅現象は全く未開拓でした。
 研究グループは、結晶化によって自然にキラリティーが発現するコングロメレート(注5)を利用すれば、糖の誘導体からの結晶化誘起不斉増幅(注6)が可能ではないかと予想して研究を行いました。


研究成果


図1 DNA中のデオキシリボヌクレオシドおよびRNA中のリボヌクレオシドの例
 私たち人も含めて地球上の全ての生物のDNAとRNAには、同じデオキシリボヌクレオシドとリボヌクレオシドが用いられています。図1に例としてデオキシアデノシンとアデノシンの構造を示しました。DNAとRNAでは、用いられている糖の種類が異なります。DNA中のデオキシリボース(注7)には、RNA中のリボースにある2‘位のOH基がありません。この1つの置換基の違いにより、DNAはRNAにくらべて数百万倍も安定に存在できるようになります。RNAでは、このOH基が3’位のリン酸エステル部位を攻撃することで分解が起こります。COVID-19のワクチンにも用いられているRNAも同様にして容易に分解してしまいます。
 私たちは、RNAを不安定化するリボースの2’位のOH基に注目して、この現象を巧みに利用することで糖誘導体の不斉増幅に初めて成功しました。
 図2のように、リボースの部分骨格でもあるメソ糖のアンヒドロエリスリトールをモノアシル化(注8)すると(3R,4S)-1と(3S,4R)-1からなる鏡像異性体が等量含まれるラセミ体(注9)の混合物1が得られてきます。p-アニソイル基でアシル化した化合物は、再結晶すると鏡像異性体が別々の単結晶を形成するコングロメレートであることを発見しました。さらに、この化合物は溶液中ではアシル基の分子内転位反応によりラセミ化が効率よく進行することを確認しました。このラセミ体混合物の結晶に触媒量の塩基と少々の溶媒を加えて懸濁・攪拌を続けることで、数日後には完全に鏡像異性体結晶に不斉増幅させることに成功しました。さらに私たちはこの手法を機能性材料としても価値の高いメソジオール類へと展開し、様々な誘導体での不斉増幅を達成しました。

図2 ラセミ体混合物から単一の鏡像体結晶への不斉増幅


社会貢献性・波及効果

 研究グループは世界で初めて、生体分子として重要な糖誘導体を用いて結晶化誘起不斉増幅に成功しました。また、医農薬品として広く利用されているジオールの不斉転換にもこの手法を展開することができました。今回の研究成果は、様々な糖類の不斉増幅法の開発や生命の起源を解明する上で大きな一歩となります。


研究者のコメント (大学院工学研究院 教授 坂本昌巳)

 本研究では、アミノ酸と同じ重要な生体分子でありながら、これまで未知の領域であった糖類の自然不斉増幅を可能とする新しい手法を開発しました。COVID-19に用いられているRNAワクチンが不安定であることを分子レベルで考察することにより、糖類の不斉転換反応に応用できるのではないかと考えました。結晶化や不斉増幅の条件を精査し、何度も結晶化と分析の実験を繰り返しました。最終的に世界で初めて、糖類の結晶化誘起不斉増幅を99%ee(鏡像体過剰率)以上の光学純度で達成できることを実証しました。本技術を基盤として、多種の糖類や実用性の高い高機能化合物を創出することが工業的スケールで展開することを期待しています。


論文情報

論文タイトル:Chiral Symmetry Breaking of Monoacylated Anhydroerythritols and meso-1、2-Diols through Crystallization-Induced Deracemization
著者:眞田和崇*1、鷲尾 葵*1、石川紘輝*1、吉田泰志*1,2、三野 孝*1,2、坂本昌巳*1,2
*1 千葉大学大学院工学研究院
*2 千葉大学分子キラリティー研究センター(MCRC)
雑誌名:Angew. Chem. Int. Ed. 2022、 e202201268
DOI:https://doi.org/10.1002/anie.202201268

研究プロジェクトについて

 本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(B) 19H02708(坂本)の支援を受けて行われました。


用語説明

(注1)鏡像異性体:立体構造が互いに実像と鏡像の関係にある一対の異性体。鏡像異性体がほかの光学活性物質と相互作用する場合には反応速度に差が生じたり生成物も異なったりすることがあるため、味覚や生理作用など生体に関連した性質が異なります。
(注2)ホモキラリティー:地球上の生命体に含まれる多くの有機分子は鏡像異性体の片方だけに偏って存在しています。例えばアミノ酸はL-体だけが、糖類はD-体だけが生命活動に利用されています。
(注3)不斉増幅:ラセミ体混合物や低い光学純度の化合物から、高い光学純度の光学活性化合物が得られる現象。
(注4)不斉分解:ラセミ体混合物から鏡像異性体の片方だけを選択的に分解することで光学活性体を得る反応。
(注5)コングロメレート:ラセミ体混合物を再結晶すると、それぞれの鏡像異性体が別々に結晶化し、単結晶1粒には片方の鏡像異性体だけが含まれます。約10%の化合物がこの性質を示すと考えられています。
(注6)結晶化誘起不斉増幅:結晶のキラリティーを利用した完全光学分割の1つで、母液中で基質をラセミ化させながら結晶化させることで、ラセミ体から完全に片方の鏡像異性体結晶に収束させることができる手法で、工業的にも展開が可能な技術です。
(注7)リボース: RNAの成分として重要な単糖類の中の五炭糖のひとつで、DNAにはOH基の1つ少ないデオキシリボースが用いられています。また、体内のエネルギー源となるATP(アデノシン三リン酸)の構成物質でもあります。
(注8)モノアシル化:有機化合物にアシル基(R-C(=O)-)を導入する反応をアシル化といい、1つのアシル基を導入する反応がモノアシル化です。
(注9)ラセミ体: 鏡像異性体が等量ずつ含まれる混合物で、光学的に不活性な性質を示します。
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