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聞こえ悪いと転倒リスク
~身体機能低下招く加齢性難聴~

 加齢性難聴は、年齢を重ねることで生じる耳の聞こえの低下だ。日常生活に不便をもたらすだけではない。東京都健康長寿医療センター研究所の桜井良太・専門副部長(社会参加とヘルシーエイジング研究チーム)は「身体機能の低下につながり、転倒のリスクを高めてしまう」と注意を呼び掛けている。

加齢性難聴が身体機能の低下につながる

加齢性難聴が身体機能の低下につながる

 世界保健機関(WHO)による加齢性難聴の定義では、聞こえが良い方の耳で40デシベル以上の音でなければ、聞き取ることができない。内耳の聴覚器官、蝸牛(かぎゅう)にある有毛細胞が音の振動を電気信号に換えて脳に伝える。この細胞は、加齢や騒音などの影響によって抜け落ちていく。

東京都健康長寿医療センター研究所の桜井良太・専門副部長

東京都健康長寿医療センター研究所の桜井良太・専門副部長

 ◇テレビ音量大きいと注意

 加齢性難聴の中等度は日常会話が聞き取りにくかったり、雨音が聞こえなかったりする状態で、重度では掃除機をかける音が聞こえなかったりする。テレビの音量が大きいことも重度の兆候だ。「テレビの音がうるさい。補聴器を着けた方がよいだろうか」という家族に連れられ、同センターの病院を受診する高齢者も多い。

 ◇実年齢より身体活動量低下

 米国で実施された年齢と聞き取り能力に関する調査がある。50代を1とした場合、聞き取り能力の低下する割合は60代で4.8倍、70代で17.9倍と上がっていく。80代では148.1倍にもなる。桜井副部長は「難聴は、年齢の影響が大きいことが分かる」と言う。

 音は聞こえるが、耳にかぶせ物をしたような感じで、何と言っているかはっきりしない。人と会話したりすることがつらいため、外出を避け、家に閉じこもりがちになる。身体活動の量が低下することに加え、桜井副部長は「運動時の聴覚情報の不足が影響し、身体機能の低下につながる」と指摘する。難聴による身体活動量の低下は、同じ実年齢の人に比べて7歳ほど早く進行すると推計されている。

加齢性難聴と転倒の関連

加齢性難聴と転倒の関連

 ◇歩行速度遅く、歩幅に乱れ

 加齢性難聴が進行すると歩行速度が遅くなり、歩幅のばらつきが大きくなる。よろよろ歩きは転倒しやすい。骨や筋肉がしっかりしている若年層に比べ、高齢者の転倒は骨折と要介護状態を招きやすい。

 「そのリスクを高めている要素の一つが難聴だ」

 桜井氏らは、東京都板橋区で高齢者786人を8年間にわたって追跡調査した。その結果も、加齢性難聴と転倒リスクとの関連性を裏付けている。さらに、13の研究(対象者約2万6000人)を定量的に結合させて分析したところ、加齢性難聴が高齢者の転倒リスクを約2.4倍に高めていることが分かった。

 段ボール箱を持って歩く時は足元が見えず、不安だ。このような状況では聞こえはどう関係するのか。両手でフレームを持ち、高さ15センチの障害物に6歩で近付き、またぎ越す。実験では、イヤーマフで聞こえる音を遮断すると、障害物に達する歩幅の調整が乱れるとともに、またぐ脚(先導脚)を上げる高さも、15センチぎりぎりだったり、20センチだったりするなど大きなばらつきが生じた。

 ◇第一選択肢は補聴器

 「運動において最も大切なのは視覚情報だが、聴覚情報はそれを補佐し、運動の安定性を高めている」

 ただ、加齢性難聴の影響は軽減することができる。桜井氏は補聴器の装着を「第一選択肢」として勧めた上で、「聞こえの問題に対する早期の対応が、安全で質の高い生活を実現するために重要だ」と強調する。(鈴木豊)
 

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