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広く芽吹け、生物多様性保全
~京都薬用植物園~

 あまり多くに知られていないが、大手製薬会社の武田薬品工業は90年以上、京都市左京区の比叡山の麓で薬用植物園を運営している。この園が最近、人の暮らしを支える生物多様性を守ろうと、さまざまな方面に枝葉を広げて活動している。

ハーブなどが植えられているエリア=6月13日、京都市左京区

ハーブなどが植えられているエリア=6月13日、京都市左京区

 京都薬用植物園の園長、野崎香樹さんは「企業が持つ植物園がどれだけ社会の役に立てるか。そこに挑戦している」と話す。

 世界中で多くの生き物が絶滅の危機にさらされる中、自然の生態系の豊かさを取り戻そうと、その保護や再生に取り組む民間が増えている。「他の企業に『植物園はいろんなことができるんだな。持ってみたいな』と思ってもらえたらうれしい」と野崎さんは話す。

 ◇水族館、動物園と連携し推進

 JR京都駅から北へ車で30分。洛北の静かな住宅街を抜けて、坂道を上っていくとたどり着く。その広さは東京ドーム2個分。起伏に富んだ地形を生かし、古今東西の多種多様な草花や樹木など約3000種を育てている。薬用植物は約1900種、絶滅危惧植物は265種に上る。

日本最大級のセコイアも植栽=6月13日、京都市左京区

日本最大級のセコイアも植栽=6月13日、京都市左京区

 1933年創設。長い間、漢方薬などの開発が行われ、薬の製法が化合物に移った94年以降は薬用植物などを集める拠点となった。生物多様性の保全を重視した取り組みを始めたのは2010年だという。

 最近、その多様性の保全に向け、さまざまな取り組みを展開。「遺伝資源の利活用で社会に貢献したい。ただ、植物だけでは地味で弱い。いろいろなところとつながって効率的、効果的に進めていければ」と野崎さん。

植物園で育てた希少な水生植物が入った大きな容器には京都水族館が飼育された絶滅の恐れがある魚「カワバタモロコ」と放たれ、その様子が観察できる=6月13日、京都市左京区

植物園で育てた希少な水生植物が入った大きな容器には京都水族館が飼育された絶滅の恐れがある魚「カワバタモロコ」と放たれ、その様子が観察できる=6月13日、京都市左京区

 昨年度からは京都水族館や京都市動物園と連携を開始。水族館とのコラボでは、絶滅の恐れがある生き物を交換し、互いの園内で展示。かつて京都府内に存在し、干拓事業で姿を消した巨椋池(おぐらいけ)で生息していた魚「カワバタモロコ」を、希少な水生植物のオニバスやミズアオイなどを植えた大きな容器や池に放っている。

 動物園とは、ゾウなどのふんと植物の茎や葉などの残渣(ざんさ)を使って堆肥をつくり、それを活用して新たな植物を栽培する「循環型農業モデル」に取り組む。このバイオマス由来の堆肥を使って動物のエサとなるカボチャや薬用植物を育てているという。

ショクダイオオコンニャクが植えられていた鉢。標本は全国の博物館などに貸し出している=6月13日、京都市左京区

ショクダイオオコンニャクが植えられていた鉢。標本は全国の博物館などに貸し出している=6月13日、京都市左京区

 このほか、世界最大級の花といわれるショクダイオオコンニャクの標本を全国各地の博物園に貸し出したり、市民に希少な植物の苗を自宅で育ててもらい、園内の庭に植え戻したりする事業を京都市と実施している。また、この春からは法人に無償で種苗の提供も始めた。

 職員の酒井悠太さんは「植物園だけで植物を守っていくのが主流だったが、それだけでは限りがある。みんなに仲間になってもらい輪を広げたい」と話す。

 ◇五感で植物を体験

代表的な漢方薬は処方ごとに構成生薬を並べて植える。写真は冷え性などの漢方薬・当帰芍薬散で使われるトウキやセンキュウなど=6月13日、京都市左京区

代表的な漢方薬は処方ごとに構成生薬を並べて植える。写真は冷え性などの漢方薬・当帰芍薬散で使われるトウキやセンキュウなど=6月13日、京都市左京区

 植物園は、漢方、樹木、ツバキ、民間薬など八つのエリアで構成される。通常は公開されていないが、市民らも見学会などで巡ることができ、その際は職員が引率し、見る、聞く、味わう、香る、触るの五感を使って植物を「体験」してもらっている。

 実際に葉をもんで香りをかいだり、かじって食べたりする。四方からは鳥の鳴き声が聞こえ、水生植物を育てる人工池ではカエルの卵やイモリの泳ぐ姿も見られる。

 なじみの深い漢方薬は処方ごとに植物を展示。例えば、葛根湯はクズやマオウなど七つの生薬が含まれるが、それらが並べて植えてある。また、ウコンなどは掘り出した根も観察できる。酒井さんは「これだけの薬用植物を展示したり、地面の下にある根っこが見られたりする植物園はなかなかない」と話す。

 文化を支える草花や樹木も豊富だ。1950年代から集めたツバキは約500品種そろう。京都や奈良の寺院から接ぎ木して繁殖したものも多いため、原木が枯れた東大寺開山堂(奈良市)などには同園のツバキを植え戻したという。葵祭の装飾で用いるフタバアオイや、祇園祭でのお守り「厄除けちまき」で使うチマキザサも育成する。どちらもシカの食害などで自生地が減少し、保護が必要となっている。

葵祭の装飾で使われるフタバアオイも育成=6月13日、京都市左京区

葵祭の装飾で使われるフタバアオイも育成=6月13日、京都市左京区


 野崎さんは「平たく話しても生物多様性は伝わりにくいが、この園で植物を体験してもらえれば、その大切さが響くはず。今後も植物に興味を持ってもらうきっかけづくりに軸足を置き、いろいろ仕掛けていきたい」と話す。

 洋の東西を問わず、植物は薬の始まりだ。これまで5万~7万種の植物が医薬品に使われてきたが、がんをはじめ、いまだに治療法が確立されていない医療ニーズ「アンメット・メディカル・ニーズ」は数多い。医薬品だけでなく、植物に由来する製品は多々ある。

京都薬用植物園の職員。(左から)酒井さん、園長の野崎さん、栗本恵実さん=6月13日、京都市左京区

京都薬用植物園の職員。(左から)酒井さん、園長の野崎さん、栗本恵実さん=6月13日、京都市左京区

 野崎さんは「植物は何に化けるか分からないので保全しないといけない。われわれには薬用植物を守ってきた歴史と技術の蓄積があるので、それがやれるはずだと自負している」と力を込めた。(及川彩)

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