新米医師こーたの駆け出しクリニック
「その場にいない医師」で命は守られるのか 内科専門医・渡邉昂汰
2024年4月から医師の働き方改革の新制度が施行されたのはご存じでしょうか。医師の長時間労働の改善に向けて、年間労働時間などが制限されました。そして今、夜間の医師不足にも対応するため、厚生労働省は新たな制度の導入を検討しています。情報通信技術(ICT)を活用して遠隔から指示を出せば、医師が院内に常駐していなくてもよいというもので、もしこの仕組みが導入されれば、宿直医が複数の病院を掛け持ちできるようになります。
一見、合理的な改革に聞こえるかもしれません。しかし、現場を知る医師として、私はこの制度に強い懸念を抱いています。

急な事態が起きたとき、その場に医師がいないと迅速・的確に処置できない恐れがある
◇現場で起きた急変
私が先日、あるリハビリ病院で当直業務をしていた時の出来事です。この病院は主に急性期を過ぎた、リハビリ中の患者さんが入院している慢性期病院で、夜間は比較的落ち着いていて、何事もなく朝を迎えることがほとんどでした。
しかしその夜、ナースステーションから緊急コールが鳴りました。「血圧低下の患者さんがいます!」という言葉に、急いで駆けつけたところ、患者さんの脈は微弱、血圧は測定不能。意識ももうろうとしており、明らかに危険な状態でした。私は即座に酸素投与、心電図モニターの装着、昇圧剤の準備をスタッフに指示しました。
ところが、慢性期施設であるがゆえに、急変対応には不慣れなスタッフが多く、物品や薬品の準備がままならないようでした。私はより細かな指示を出して現場を主導しながら、なんとか初期対応を行い、最終的には無事に急性期病院へと患者さんを転送することができました。
◇遠隔対応のリスク
もしこの日、私が遠隔勤務中だったら、初期対応にもっと時間がかかっていたでしょう。その場合、あの患者さんは助からなかったかもしれません。
医療の現場では、「その場にいる」ということ自体が極めて重要です。ICTによる遠隔対応では、患者の顔色、冷や汗、呼吸状態といった微細な臨床所見を把握できません。情報伝達のタイムラグや誤解も生じやすく、現場のスタッフが動揺している場面では、処置の優先順位すら曖昧になることがあります。その場に司令塔がいるからこそ、判断が迅速に下され、現場が動きだすのです。
当直医は、ただの夜勤の見張り役ではありません。いざというときに命をつなぐ、現場の支柱です。遠隔対応で今と同じパフォーマンスを発揮することは不可能に近いと思います。
もちろん、医師不足や働き方改革に対応し、現在の医療体制を変えていく必要があることは、私も十分に理解しています。しかし、「医師が患者のそばにいない体制」を選ぶのであれば、「これは急変時の救命率が下がる、リスクを伴う制度改革です」と、十分な説明がされるべきです。
「効率化」や「医療DX(デジタルトランスフォーメーション)」の名の下に、命が置き去りにされることがないよう、現場の声を政策に反映させる視点がいま強く求められていると思います。(了)

渡邉昂汰氏
渡邉 昂汰(わたなべ・こーた) 内科専門医および名古屋市立大学公衆衛生教室研究員。「健康な人がより健康に」をモットーにさまざまな活動をしているが、当の本人は雨の日の頭痛に悩まされている。
(2025/06/27 05:00)
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