デフリンピックから「聞こえ」考えて
~医師でバレー男子代表の狩野さん~
聴覚に障害があるアスリートの国際大会「デフリンピック」が、今年11月に日本で初めて開催される。愛媛県内で耳鼻科医として働きながら練習を積んできた、デフバレーボール男子日本代表の狩野拓也さん(32)は、ハンディキャップから解放され、伸び伸びプレーすることを胸に、3度目の大舞台に挑む。
狩野さんは「選手は普段、聞こえる人の世界に合わせて生活している。それは多少なりとも窮屈さを感じるもの。その制限が取っ払われ、生き生きとした表情でプレーする姿を見てほしい」と話す。
狩野さんは、生まれつきほとんど耳が聞こえない。生後半年で補聴器を付け、5年前に人工内耳を埋め込んだ。難聴者、医師、アスリートとして、今大会が注目され、多くの人が「聞こえ」と向き合うようになることを願っている。

昨年6月のデフバレーボール世界選手権の試合でスパイクを打つ狩野さん(狩野さん提供)
◇同じ障害の子の励みに
デフリンピックは、「耳が聞こえない」という意味の英語「デフ(deaf)」と「オリンピック」を組み合わせた造語。オリンピックと同様、夏季・冬季大会がそれぞれ原則4年に1度開かれる。障害者スポーツ大会では最も歴史が古く、初開催は1924年。今回の東京大会は100周年の節目だ。
出場するには①補聴器などを外した状態で聞こえる最も小さな音が55デシベル(普通の声での会話が聞こえない程度)を超える②各国の「ろう者スポーツ協会」に登録し、記録などの条件を満たすーことが必要だ。ルールは基本的に五輪と同じ。ただ、競技によってはフラッシュライトや旗など視覚的な合図が加わる。競技中は補聴器や人工内耳は外さないといけない。
狩野さんは中学から健聴者のチームでバレーボールに打ち込み、デフバレー日本代表には大学3年時に加入した。デフリンピックでは、17年のトルコ大会、22年のブラジル大会に出場し、キャプテンも務めた。東京大会でのチームの目標は「強豪のトルコやウクライナを倒すこと」。自身のポジションはアウトサイドヒッター。「動きの速さや守備で総合的にチームに貢献したい」と意気込む。
今大会は11月15~26日までの日程で、東京を中心に19会場で21競技が行われる。「同じ障害を抱える子にとっては頑張っている先輩を知る機会になるはず」と狩野さん。
誰もが知るパラリンピックには聴覚障害者向けの競技種目は含まれていない。耳が聞こえない・聞こえにくいアスリートには、デフリンピックが最大の国際大会だ。にもかかわらず、認知度は低く、協賛も少ない。強化合宿などでは選手の自己負担に頼らざるを得ず、大会出場を諦める人もいるという。狩野さんは、今大会をきっかけに企業で支援の輪が広がり、選手層の底上げにつながることに期待する。

講演でデフリンピックや自身について話す狩野さん=5月下旬、都内
◇働いて「壁」感じ、人工内耳に
普段は耳鼻科医として働く狩野さん。医師を志したのは中学のとき。「自分の努力だけでは(さまざまなことを)乗り越えられないのが障害。助けを借りないと生きていけないが、借りっぱなしは居心地が悪い。人の役に立つ仕事に就きたかった」。
学業や学校生活で聴覚障害をハンディキャップに感じることは少なかったが、働いて初めて大きな壁にぶつかった。
当時の狩野さんは、相手の音声や唇の動き、周りの状況などを総合的に判断して会話をしていたが、医療スタッフや患者は全員マスクを着けている。「唇の動きが見えないし、マスクを介した音声は濁って聞こえる。意思疎通に苦労した」と述懐する。
特に困ったのが電話対応だった。「最初のうちは、何とか相手のいる場所を聞き出して直接聞きに行った。電話が鳴るたびに強いストレスだった」と振り返る。
狩野さんは95デシベルの重度難聴だが、自身では半分以上は理解していると思っていたという。補聴器を装用した状態で、どの程度聞き取れているかを調べる検査を初めて受けたのは27歳のとき。静かな環境で33%、騒がしい環境では13%しか聞き取れていないことが分かり、「驚いた」と狩野さん。
仕事への影響を考え、検査から間もなくして、人工内耳を埋め込む手術を受けた。手術から1年後、人工内耳を装用すると、静かな環境で88%、騒がしい環境では48%、聞き取れるようになった。マスク越しの会話や電話も支障がなくなった。
聞こえが改善され、「全体的に余力が生まれた。それまで会話では相当の精神力を使っていた。何か人生、疲れなくなりましたね」と狩野さん。一方、医師としては「人工内耳や補聴器が世の中に行き届いているとは言い難く、歯がゆい」と吐露する。

人工内耳を装着した狩野さん(狩野さん提供)
◇諦めずに向き合ってほしい
人工内耳は、音を拾って電気信号に変換する体外装置と、その信号を受け取って内耳の聴神経を直接刺激する、電極が付いた体内装置で構成。体外部は耳の後ろに取り付け、体内部は手術で内耳に埋め込む。内耳に障害があっても、聴神経が機能していれば聞こえるようになるが、認知度・普及率ともに低い。狩野さんは講演などを通じて人工内耳の普及にも励む。
加齢とともに耳が聞こえにくくなると諦める人も多いが、狩野さんは「これもれっきとした病気」と指摘。加齢性難聴は認知症やうつになるリスクを高めるとされる中、「放置せずに、改善を目指して向き合ってほしい」と訴える。加齢性難聴でも補聴器や人工内耳で聞こえを補うことができる。
「自分もそうだったが、当事者は聞こえてないと気付きにくい。テレビのボリュームが大きくなったなど、聞こえにくさを感じたら検査を受けてほしい」と呼び掛けている。(及川彩)
(2025/07/03 05:00)
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