教えて!けいゆう先生

有名人の病気が報道されたら
情報への対応で注意すべきこと

 有名人が病気になった時、毎回メディアで大きく取り上げられ、いつもさまざまな臆測が飛び交います。そして、その病気に関して考察する記事などがネット上に多数現れたり、テレビでその病気が解説されたりします。病気に関する情報を得ることは大切ですが、こうした速報は時に正確性を欠き、無用に視聴者を不安に陥れたり、誤解させたりする危険性があります。今回は、有名人の病気報道に接した時の対応について注意点をまとめます。

 ◇情報が少なすぎて判断できない

 有名人が病気になった時、事務所などから病名が発表されることがよくあります。これに対して、メディアがその病気に関する記事を書くことが一般的です。しかし医師の視点で見れば、発表された病名を聞いただけでは、どんな病状なのか、死に至るリスクはあるのか、といったことを推測することは、ほとんどの例で不可能です。

「ステージ4」という状況にもいろいろあって、それだけでは何も判断できない

「ステージ4」という状況にもいろいろあって、それだけでは何も判断できない

 例えば、ある有名人の方が「ステージ4の胃がんだ」と報道されたとしましょう。「ステージ4の胃がん」とは、がんが胃以外の臓器に遠隔転移を起こした状態のことを指します。しかし、肝臓に小指の爪くらいの小さな転移があってもステージ4ですし、全身の臓器にがんが広く転移した状態や、おなかの中にがんが種をまいたように無数に広がってしまう「腹膜転移(播種)」という状態でもステージ4です。

 ステージ4でも、場合によっては例外的に手術を行ってがんを切除することもあります。そうすれば、「ステージ4の胃がん」でありながら、おなかの中が肉眼的にはがんがない状態になっている方もいるでしょう。

 胃がんで胃を切除する際に、おなかの中に水を入れ、その水を回収して、目に見えないレベルでがん細胞がないかどうかを顕微鏡で確認する「洗浄細胞診」という検査を手術中に行うことがあります。もしこの検査でがん細胞が検出されたらステージ4です。画像検査で目に見えるがんは一つもなくても、です。

 「ステージ4の胃がん」がいかに多種多様な状態を含んでいるが分かると思います。以上のことから、私たち医師は「ステージ4の胃がん」と聞いても、「何かを判断するにはあまりに情報が少なすぎる」と考えているのです。

 同様に、「胃がんの術後に再発した」という情報でも同じことが言えます。

(1)胃がんの種類(組織型)はどうなのか?
(2)胃のどの部位にがんができていて、どんな手術を行ったのか?
(3)術後にどんな抗がん剤治療をしたのか?
(4)再発後にはどんな治療を行ったのか?
(5)それがどのくらいの効果を示したのか?

 詳しい情報がない以上、病状や予後に関してほぼ何も考察できません。こうした状況で、メディアなどで臆測でなされるさまざまなコメントを見て、私たちはいつも「何も情報がないのに、推測で物事を決めつけるのは良くない」「分からないことを推測し、誤解を招く表現は危険だ」と感じています。これらは、あくまで「少なすぎる情報」から推測されたものにすぎないため、参考程度に扱う必要があるのです。

 ◇報道だけで怖がってはいけない

 有名人が病気になると、「私は〇〇さんと同じ病気なのですが、大丈夫でしょうか?同じ治療を受けた方がいいでしょうか?」と患者さんによく言われます。前述の通り、病名が同じであっても他の条件が異なれば、治療の方法や対処法は全く異なります。その患者さんの病状に合った治療を受ける必要があります。

 「そうなのですね、〇〇さんがその治療をされているなら、あなたもやりましょう」という話にはなり得ないということです。また、「〇〇さんがかかった病気が怖いので、検診を受けたい」という方も必ず多くいらっしゃいます。特に、がんの場合はその傾向が強いと思います。しかし、「報道された病気を優先的に怖がる」ということが非合理的であるケースは多いのです。

 分かりやすい例を挙げるとすると、30代で喫煙者の肥満女性が、ある有名人が乳がんになったとの報道を見て、不安になって乳がん検診を希望されたとしましょう。おそらく私たちはまず、生活習慣病のリスクを下げるために肥満を改善し、肺がんなど呼吸器疾患のリスクを下げるため禁煙を優先してほしいと伝えるでしょう。そして、国が推奨している乳がん検診(対策型検診)の対象は40歳以上であり、現時点では優先順位が低い、と伝えることにもなるでしょう。

 どんな情報に接しても、個々のリスクを勘案して病気を予防する、あるいは早期発見に努める必要があることに変わりはありません。著名な方の病気が報道されると、誰しも不安になってしまうものです。しかし、そういう時ほど、その情報に冷静に向き合う必要があるということを私は強調したいと思います。

(参考文献)
公益財団法人 日本対がん協会ホームページ


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