大気汚染と呼吸器疾患 家庭の医学

 人間の皮膚の表面は2m2足らずですが、酸素を取り入れる肺胞の表面積をあわせると、50~100m2にもなり、人間が環境に直接接触する最大の臓器は肺ということができます。しかもこの肺は、1日10m3の空気を取り入れているので、その空気の中に有害物が入っているとその影響は甚大です。そこで国は環境基本法にもとづき、大気汚染にかかわる物質として二酸化硫黄(SO2)、一酸化炭素(CO)、浮遊粒子状物質(SPM:suspended particulate matter)、微小粒子状物質(PM2.5)、二酸化窒素(NO2)、光化学オキシダントをあげ、また有害大気汚染物質としてベンゼン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、ジクロロメタン、ダイオキシン類の環境基準をそれぞれ決めています。
 これらのうち、かつて川崎や四日市でぜんそくなどの公害問題をひき起こした二酸化硫黄は現在はほとんどすべての測定地点で環境基準を達成していますが、自動車をおもな発生源とする浮遊粒子状物質の削減は困難で、せきやたんが続く慢性気管支炎などの呼吸器の炎症だけでなく、肺がんや心臓病にも関係していると考えられています。なかでも、粒子の直径が2.5ミクロン以下の微小粒子状物質(PM2.5)には大きな注目が集まっています。
 粒子径が小さい場合、なかなか地面に沈降せず、長く空中にとどまるとともに、いったん吸い込むと肺の奥にまで入ります。また、粒子の肺への有害作用は接触する表面積が問題になるので、少数の浮遊粒子状物質と多数の微小粒子状物質の重量が同じであったとしても、その表面積の合計は微小粒子状物質のほうが大きく、有害性は微小粒子状物質のほうが強いということになります。幸い東京の微小粒子状物質は測定が始まってから改善が続き、いまは1年平均値が15μg/m3以下であり、かつ、1日平均値が35μg/m3以下という環境基準が達成されることが多くなりました。

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)
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