過労死〔かろうし〕 家庭の医学

■労働時間の問題
 今日就業者の構成は、業種別では製造業が減少してサービス業が増加し、性別では女子が増加した半面、定年までの終身雇用が減って、パートや嘱託などの非常勤、派遣などさまざまな雇用形態の人が増加し、同じ職場内に混在する状態が生じています。これに伴い、日本の平均年間労働時間は減少して、いまやアメリカよりも短い約1600時間となりました。
 しかし、実はパートなどの短時間労働者の平均労働時間が約1000時間に対して、一般労働者の平均労働時間は2000時間を超えており、短時間労働者の増加が全体の平均労働時間をひき下げています。実際、長時間労働者の実労働時間は必ずしも減少していません。長時間労働は睡眠時間を減少させるとともに、食事が不規則になるなど、健康への悪影響が大きく、いわゆる過労死につながる可能性があります。過労死とは長時間労働による健康障害で、脳卒中や心筋梗塞による突然死と、業務上のストレスで心がむしばまれ、うつ病などの精神障害になり自殺に至ることです。こうした過労による業務上の災害(労災)は2022年度には脳・心臓疾患で194件が認定されましたが、過労による労災として認定された精神障害は710件とはるかに多く、年々増加傾向にあります。また、長時間労働者の年齢は30~40代の出産育児世代と重なっているため、女性の正規雇用への就労をさまたげたり、家事育児を妻だけが担ういわゆるワンオペ状態となり、その結果として出産育児に伴う困難を増大させ、社会全体の少子化につながるなど、長時間労働はわが国の将来に影響する重大問題であると考えなければなりません。

■過労死対策
 そこで国は労働時間の短縮、年次有給休暇の取得促進、所定外労働の削減などの対策を推進しました。そして、ひと月に100時間、あるいは2カ月以上の平均が月80時間を超える残業をしている労働者の脳卒中や心筋梗塞による突然死や過労自殺は、業務上災害と認定することとしました。
 いっぽう、そういう長時間残業をしている人は産業医と面接する、などの特別の健康管理をおこなうよう通達をおこなっています。しかし現実には、なかなか長時間労働はなくなりません。本来、労働基準法では、事業主は労働者を1日8時間を超えて働かせてはいけないのですが、同法36条の規定で事業主は労働者の代表と合意すれば、無制限の残業をさせることができました(36=サブロク協定)。
 こうしたなか、2016年、電通の若い女性社員の長時間残業の結果としてのうつ病から自殺に至ったケースをきっかけに、残業時間の絶対的な制限、前日の終業から翌日の始業の間の十分な休憩時間の確保などの本格的な検討が始まり、2018年の働き方改革国会でひと月100時間超などの残業は禁止され、それには今までなかった罰則ももうけられました。2019年から始まった新しい制度のもと、企業は残業時間を減らすのに躍起となっていますが、時にそれは残業として記録しない「サービス残業」、家に持ち帰っての「風呂敷残業」、また、業務は減らさないのに業務時間だけ短くしろと迫る「時短ハラスメント」などにつながっています。
 加えて、1カ月の残業100時間や平均80時間などの規制は裁量労働制(みなし労働時間制)の労働者や管理監督者には適用されないので、これらの立場の人の残業時間がふえています。部下に残業させて業務をこなすことができないので、残った業務を(中間)管理職が自らすることがふえたためですが、管理職が部下にさせていた業務に忙殺されるようになると、管理職としての本来業務である仕事の計画や業務配置を考える時間がなくなり、全体の効率が落ちて悪循環におちいります。
 こうした状況に対してさしあたり、働きすぎてからだをこわさないよう説得する家族からのはたらきかけも必要ですし、帰宅時間など生活状況を詳細に記録しておくことなどが、万が一の場合の仕事との関連性を示すための重要な証拠となります。

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)
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