「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿

死因究明だけでなく、警察が得るものないと
~時間たてば遺体の情報捨てることに-司法解剖と向き合う・長崎大~ 【第3回】

 ◇法医1人、空白生じた大学も

 全国の大学の法医学教室で、医師が教授1人の所は多いという。「准教授や助教がいても薬学部とか理学部とか(の出身)。医師免許を持っていないのが現状。構造的な問題です」と指摘する。2020年の警察庁統計で、長崎の司法解剖実施率は12.1%と顕著だった。県警とはいつも、ミニマムでも10%は維持しようと話しているという。

 そのためにも、警察側が用意できる最短時間に合わせて解剖を実施する、可能な限り早期に実施するというポリシーで臨んでいる。「警察は早く白黒つけたい。法医の視点からは、早くしないと遺体の状態も変わっていくので、得られる情報を捨てることになる。僕らの判断も困るし、捜査に返せるものも少なくなってしまう」と説明する。

遺体専用のCT(コンピューター断層撮影)装置=長崎大学医学部【時事通信社】

遺体専用のCT(コンピューター断層撮影)装置=長崎大学医学部【時事通信社】

 佐賀大学では、08年に約10カ月にわたり法医学教室の担当教官ゼロの空白期間が生じ、准教授が着任した後も教授不在の状態が続いた。21年には、金曜日に見つかった高齢女性の遺体の司法解剖を、佐賀県警が週末を挟んだ月曜日に持ち越し、捜査の遅れにつながりかねないと問題視された。土日に法医がいないため、解剖しないのが慣例化していたとの指摘もある。この件では、解剖直前に容疑者が自首し、殺人容疑で逮捕された。

 「警察は事件と認知したら本気で動くが、認知するまでは僕らが頑張らなきゃいけない。佐賀大学がしっかりした教授を置いて、県警を教育していれば、初動は違ったのではないか」。全国に共通する法医学教室の人員の現状を考えると、池松教授の表情も複雑だ。日本の法医の数は公称約170人とされるが、実質は120人ほどだという。

 佐賀大の法医学にはようやく23年3月1日付で、大阪公立大学から教授が着任した。しかし、県内で司法解剖を行う法医は1人という状況そのものは変わっていない。

 ◇遺体専用のCT、警察官が撮影

 長崎大学では10年度に遺体専用のCT(コンピューター断層撮影)装置を導入し、死後画像診断による精度の高い死因究明に活用している。

 当初は長崎県警からの依頼で法医学教室が撮影していたが、途中からは検視官付の警察官を「協力研究員」に任命。放射線科の勉強会で操作方法を学ばせ、遺体のCT撮影と画像のサーバー送信までを任せている。全国でも例のない取り組みだ。

 18年には大学と長崎県警との間で相互協力に関する協定が締結され、365日24時間体制で死後画像診断を行う制度が確立。午前3時、4時でも、協力研究員の警察官が医学部を訪れ、遺体専用のCTを操作する。

死後画像診断の流れを示したスライド(長崎大学医学部法医学教室提供)【時事通信社】

死後画像診断の流れを示したスライド(長崎大学医学部法医学教室提供)【時事通信社】

 サーバーに送信された画像は法医もしくは放射線科の医師によって読影後、結果は法医学教室から県警の検視官室に報告される。警察にとっては、検視の一環という位置付けだ。

 法医学教室における死後画像診断の実績を見ると、20年は680件で、異状死体数1554件に占める割合は43.8%。21年は800件で、異状死体数1543件に対する割合は51.8%に上っている。

 病院でも死亡直後にCTを撮影するケースがあり、長崎県内では年間1500件余りの異状死体数に対し、死後画像診断の施行数が法医学教室も含めて1100件余りとなっている。池松教授は「他県に比べて非常に多い。県警がCTの有用性を理解しているからだ」と話す。

 では、CTの死後画像診断で最も役立つのは何か。「それは、頭の中に出血があるかどうか。あとは肋骨など骨折の有無。前者は死因になるため、否定できれば安心材料だし、否定できなければ外傷なのか内因性なのか。もし外傷が否定できないとなれば、司法解剖すればいい」(池松教授)

 協定に基づき、警察官が大学の設備を活用して自らCT撮影することにより、件数が大きく伸びたという死後画像診断。それは、薬毒物スクリーニングと並んで、犯罪死の見逃し防止のための重要なカギの一つとなっている。


「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿