一流に学ぶ 天皇陛下の執刀医―天野篤氏

(第11回) オフポンプ手術で先陣 =「使命感」原動力に

 動いている心臓の血管にメスを入れるなんて、想像しただけでも恐ろしい。「メスを入れるときは手で心臓を押さえ込んでいるので、そんなに上下に動きはないんです。神経を集中させていると、動きが一瞬止まったように見える瞬間がある。そのタイミングを逃さずにメスを入れます」

 オフポンプ手術の難易度は、止まっている心臓の手術とは比較にならない。あえて前へ進む原動力は、どこから生まれるのだろうか。「救えなかった患者さんをどうすれば救えたのか。次は何としても救いたいという使命感です。陸上のボルト選手が9秒台で走らなければ感じられない風を感じるのと同じように、最前線を走っていく感じが僕にはありました」

  当時、オフポンプ手術を手掛ける医師たちの間で、この技術は人工心肺装置が使えない重症患者に対し、やむを得ない救済手段として使うという認識だった。しかし、天野氏の考えは違った。「重症の人でいい結果が出るなら、軽症の人はもっといいかもしれない」。そこで、オフポンプの技術をさらにグレードアップさせ、可能な場合はすべてオフポンプで手術するようにした。

手術をする天野氏(1996年撮影)
 「オフポンプのいいところは、バイパスをつないだ瞬間に血液が流れだし、心臓がよみがえるのが分かることです。患者さんの術後の回復も良く、入院期間も短縮され、早く社会復帰できるようになりました」。

 日本で行われている冠動脈バイパス手術は現在、その3分の2がオフポンプ手術だ。最終的に、天野氏が新東京病院で働いた11年間で3000例の心臓手術が行われ、自身の執刀数は2500例を超えた。

 【用語説明】冠動脈バイパス手術 心臓に血液を送る冠動脈が詰まって狭くなった部分を、別の場所にある血管と交換し、バイパスを作る手術。

(ジャーナリスト・中山あゆみ)


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