一流に学ぶ 天皇陛下の執刀医―天野篤氏

(第9回) 父の死「無駄にせず」 =心臓外科医究める原点に

 「執刀医は『しまった』と思ったでしょうね。でも、表だってミスを認めるようなことはなかった。『こういうことは、ある一定の確率で起こるものだ』と、彼らは父親の死を受け入れたんです。でも、家族にとっては受け入れられない死でした」

 手術後、集中治療室(ICU)で人工心肺につながれたまま麻酔から覚めた父親に、天野氏は「順調に行っている。多分ちょっと時間がかかる。もう少し麻酔をかけておくよ」と声を掛けた。父は「うん」とうなずいたが、これが最後の会話となった。

 意識が戻らないまま1週間が過ぎた。もう無理な延命治療はしないと覚悟を決め、担当医に伝えた。天野氏は、父親の体につながれていた点滴を自分の手で止めた。

 「あの時、うそをついて別れたのが一番の心残りです」と天野氏。「お父さんを治すために勉強してたんじゃないの」と言って泣く妹の言葉が胸に突き刺さった。医療過誤だという思いもあった。しかし、あえて口にしなかった。

 「自分も見ていたんだというプライドもあるし、そんなことを言っても何も変わらない。それよりも、父の死を絶対に無駄にしない。家族にこんな思いをさせてはいけないという気持ちが強かった」

 手術で絶対にしてはいけないミスを、父親は自分の体で見せてくれた。この思いが、心臓外科医としての道を究めていく原点となった。病院側もこの一件を機に心筋保護の方法を改良し、手術成績が向上。父親の死が無駄ではなかったことが後に分かる。しかし、天野氏はこの時の受け入れがたい複雑な思いを、20年もの間引きずることになる。

 【用語説明】
 人工心肺(体外循環)装置 心臓の全身に血液を送り出すポンプの役割と、血液中に酸素を送り出す肺の働きを兼ね備えた装置。このおかげで、心臓を止めて手術をしている間も、血液循環を維持できる。
(ジャーナリスト・中山あゆみ)


→〔第10回へ進む〕新天地で年300症例=失意の退職、気持ち固める

←〔第8回へ戻る〕父親再手術も、3年後に悪化=執刀の上司と決裂

  • 1
  • 2

一流に学ぶ 天皇陛下の執刀医―天野篤氏