一流に学ぶ 天皇陛下の執刀医―天野篤氏

(第9回) 父の死「無駄にせず」 =心臓外科医究める原点に

 埼玉県内の大学病院で行われた父親の3度目の手術には厳選されたスタッフが集められ、天野氏も手術室内での見学を許可された。僧帽(そうぼう)弁を交換するためには、手術中、心臓の動きを一時的に止める必要がある。その間の心臓の機能は人工心肺(用語説明)装置につないで確保した。

 「父親の心臓が少し大きくなっていて、癒着がはがれにくい所もありましたが、手術の流れはそんなに悪くはありませんでした。家族が見ているから丁寧にやろうとしたのか、ちょっとスローな感じはしましたが、手術の操作自体に問題があったとは思いません。心筋保護が悪かったんです」

 心筋保護とは心臓の筋肉の動きを停止させ、血液が行き渡らない虚血状態になっても腐らないように、心臓を冷やしたり心筋保護液を冠動脈に注入したりすること。このプロセスがきちんとできていれば、一時的に止めた心臓は再び元通りに動きだすはずだった。

 「なんとかギリギリ間に合ってくれよ、と祈るような気持ちでいたのですが、手術が終わった時には、もう心臓がまったく動かない状態になってしまって、人工心肺装置を外すことができませんでした」

 その時手術室にいたスタッフ全員が、絶対に失敗してはいけない手術であることを強く意識していたはずだ。それがまったく逆の方向に向かっている。その場に気まずい雰囲気が流れた。

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一流に学ぶ 天皇陛下の執刀医―天野篤氏