「医」の最前線 感染症・流行通信~歴史地理で読み解く最近の感染症事情~

「光る君へ」の時代に大流行した「麻疹」が現代社会によみがえる 東京医科大特任教授・濱田篤郎【第1回】

 ◇平安時代に大流行した理由

 このように奈良時代から平安時代にかけて、日本では天然痘や麻疹など、飛沫感染や空気感染で拡大する感染症が周期的に流行し、貴賤(きせん)を問わず人々を苦しめました。日本は島国だったため、こうした感染症の流行がそれまで少なく、国民も病原体への免疫を持っていませんでした。

 しかし、奈良時代以降、中国や朝鮮との往来が活発になるに従って、天然痘や麻疹の周期的な流行が起こるようになります。その周期はおよそ20~30年ほどで、これは集団免疫が減衰する時期に一致するようです。つまり、流行が起こると多くの人々が免疫を獲得しますが、一定期間を経過すると、流行後に生まれた免疫の無い世代が増えるため流行が再燃するのです。

 その後、鎌倉時代以降は国内に天然痘や麻疹が常在するようになり、子どもの間で常に流行する感染症になっていきました。

赤い発疹が広がった麻疹感染者(イメージ)

赤い発疹が広がった麻疹感染者(イメージ)

 ◇現代の麻疹再燃

 20世紀になりワクチンが広く使われるようになると、天然痘は根絶されていきました。麻疹についても、子どもへの定期接種を2回行うことで、国民全体が常に集団免疫の状態になり、根絶される国が増えていきました。日本も2015年に世界保健機関(WHO)により麻疹排除国に認定されています。

 このように、麻疹は天然痘と同様に根絶が期待されていたのですが、新型コロナウイルスの流行を機に、アジアやアフリカなどで再燃が見られています。これは各国の保健医療担当者がコロナ対策に追われ、子どもへの麻疹ワクチンの接種が停滞したためです。

 こうした中、日本から海外に渡航する人が海外で麻疹に感染するケースが増えており、海外感染例を起点にした国内感染も2023年から少しずつ増加しています。

 日本では、30歳以下の人には麻疹ワクチンの2回接種が行われているため、この世代で感染するケースはほとんどありません。また、60歳以上の世代も過去に感染している人が多く、感染の心配は少ないでしょう。しかし、30~50歳代の人は、過去に感染しておらず、ワクチンも1回接種が大多数であるため、麻疹の感染リスクがあります。この世代の人が海外渡航する際には、できるだけ麻疹ワクチンの接種を受けることをお勧めしています。

 麻疹のウイルスは平安時代も現代も同じ種類が流行していると考えられています。そして、感染しやすいのは昔も今もこのウイルスへの免疫が低下した人です。それが平安時代は国民全員でしたが、現代は30~50歳代の人々になるのです。(了)

濱田特任教授

濱田特任教授


濱田 篤郎(はまだ・あつお)
 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。
 1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大で熱帯医学教室講師を経て2004年海外勤務健康管理センター所長代理。10年東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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