「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

世界的流行を次に起こしそうな感染症 (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第69回】

 10月12日、東京で「国立健康危機管理研究機構」の設立準備会合が開催されました。この組織は政府が2025年度以降に設立するもので、新型コロナウイルスのような新しい病原体の世界流行に備えることを目的の一つにしています。現在流行している新型コロナの対応に加えて、今後の流行に備えるのは大切なことですが、どんな感染症の世界流行が次に起こる可能性があるのでしょうか。今回は新型コロナの次に流行が想定される感染症について解説します。

国立健康危機管理研究機構の母体の一つとなる国立感染症研究所(東京都新宿区)

国立健康危機管理研究機構の母体の一つとなる国立感染症研究所(東京都新宿区)

 ◇未知の病原体の流行

 新型コロナが2019年12月に中国・武漢で流行を始めた時点で、この病原体は人類にとって未知のものでした。このため、私たちはこの病原体への免疫を持っておらず、それが、新型コロナの世界的流行を招いた一番の原因になりました。

 未知の病原体が大流行を起こした事例は過去にも幾つかあります。例えば、16世紀初頭、スペインのコルテスが中米のアステカ帝国を征服した時、先住民の間で天然痘が大流行しました。この頃までに欧州では天然痘が日常的な感染症になっており、多くの人々が免疫を持っていましたが、新大陸の住民にとっては全く未知の病原体でした。このため、コルテスの遠征隊が持ち込んだ天然痘ウイルスにより、多数の先住民が死亡したのです。1875年に南太平洋のフィジー島で起きた麻疹の大流行も、今までこのウイルスを経験したことがない住民の間で拡大し、15万人の人口のうち4万人が亡くなる事態になりました。

 こうした未知の病原体の流行が、世界レベルで発生したのが今回の新型コロナ流行です。その後、私たちはワクチン接種や感染により免疫を獲得し、ようやく流行が抑えられてきました。

 ◇感染力の強さだけでなく

 未知の病原体がヒトに感染したケースは今までにも数多くあります。しかし、その病原体がヒトの体内で増殖し、それがヒトからヒトに感染することが流行拡大には必須でした。すなわち感染力の強いことが、世界流行を起こす病原体の条件であり、新型コロナウイルスもこの条件を満たしていました。

 こうした感染力の強い病原体と言えば、飛沫(ひまつ)感染や空気感染でまん延する種類になります。2003年に中国から広がった新型肺炎(SARS)ウイルスも飛沫感染する未知の病原体でしたが、幸いにもこのウイルスの流行は短期間のうちに終息しました。その理由はウイルスの病原性が強かったためと考えられています。このウイルスに感染すると多くの人が発病し、重篤な肺炎を起こすため、感染者は広範囲を動き回ることができません。その結果、流行が大きく広がらずに抑えられたのです。

 一方、新型コロナウイルスの場合、病原性はSARSほど強くなく、感染しても発病しない人がかなりの数いました。また、症状が出ても重症化する人は一部だったため、感染者が広く動き回り、それが世界的な流行拡大を招いたのです。

 すなわち、「感染力が強い」だけでなく、「病原性が強過ぎない」ことも世界流行を起こす病原体の条件と言えます。

 ◇新型インフルエンザ流行の可能性

 このように、世界流行を次に起こしそうな感染症としては、未知の病原体が原因であることや、その病原体の感染力が強いことなどが条件になります。そんな病原体には三つの種類が考えられます。

 まず、最も可能性の高いのが新型インフルエンザの流行です。動物のインフルエンザウイルス(これも人類には未知のウイルスです)が、ヒトの間で新型インフルエンザとして大流行することが過去に何度も起きてきました。例えば、1918年には鳥のインフルエンザウイルスがスペイン風邪として大流行し、4000万人を超える死亡者が発生しました。近年では、2009年にメキシコから豚インフルエンザウイルスの流行が起こり、世界で拡大しています。こうした新型インフルエンザの流行は10~20年ごとに発生しており、そろそろ危険な時期になってきました。

 最近では、鳥の間でA(H5N1)型という高病原性の鳥インフルエンザウイルスが世界各地で流行しており、ヒトの感染者も少数ですが報告されています。このような動物のインフルエンザウイルスの監視は、今後さらに強化していく必要があるでしょう。

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