メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの実用化には、日本人研究者による約半世紀前の発見が大きな役割を果たしている。壊れやすいmRNAの安定化に不可欠な物質「キャップ」を見つけた故古市泰宏氏は、「自分が発見したmRNAの重要部分がワクチンに使われ、多くの人を救っていることが感慨深い」と語っていた。
 分子生物学者の古市氏は、1969年から国立遺伝学研究所(静岡県三島市)に在籍。RNAウイルスの遺伝子を研究中に、mRNAの先端部分に奇妙な構造体を見つけた。その後、米国に拠点を移し、75年に正体を明らかにした。
 mRNAの先端に、3個のリン酸基を介して、メチル基と呼ばれる分子が結合した遺伝物質グアノシンがつながっていた。mRNAを分解しにくくする上、細胞内でたんぱく質が作られる効率を上げる役目を果たしていた。
 先端に載った帽子のような構造で、英語で帽子を表す「キャップ」と名付けた。今では生物学の教科書にも載るが、「当時はキャップが入ったワクチンが作られるとは想像できなかった」。
 古市氏はその後帰国。新型コロナウイルスが感染拡大すると、自宅がある神奈川県鎌倉市内で米ファイザー製のmRNAワクチンの接種を受けた。「苦労して見つけた物質が使われるワクチンが自分や多くの人に接種されているの見て、非常に感慨深かった」と喜んでいた。
 古市氏は新潟薬科大で客員教授を務めるなどしていたが、昨年10月に81歳で死去。今回、ノーベル生理学・医学賞の受賞が決まったカリコ博士とは個人的にも親交があり、亡くなる前の取材では「カリコ博士がもらえるなら私もうれしい。悔しさはまったくない」と断言。「mRNAワクチンが注目されたおかげで、半世紀も前の私の発見にも脚光が当たった。それが一番喜ばしい」としみじみ話していた。 (C)時事通信社