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光活性化アデニル酸シクラーゼをプレシナプスに局在化させる技術を開発 ~細胞内シグナル伝達系と神経活動の光操作による可塑性誘導に応用―東京慈恵会医科大学、山梨大学~

 東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター臨床医学研究所の永瀬将志助教と渡部文子教授らは、山梨大学大学院総合研究部生化学講座第一教室の大塚稔久教授らと共同でプレシナプス局在型の光活性化アデニル酸シクラーゼ (bPAC) を開発しました。さらに、このプレシナプス局在型bPACと長波長シフト変異型光活性化陽イオンチャネルを組み合わせることによって、細胞内シグナル伝達系と神経活動を全て光で操作する技術開発に成功しました。シナプス伝達の可塑性は、脳が持つ柔軟でダイナミックな機能の基盤であることから、今回開発した技術は、シナプス制御と脳機能との関係解明、神経精神疾患の病態理解や治療法確立などに役立つことが期待されます。
 本研究成果は、日本時間2024年3月23日にCell Reports Methods誌に掲載されました。

【研究成果】
● bPACをプレシナプス分子と融合させると発現がプレシナプス終末に集中することを見出しました。
● 赤色光でシナプス活動を、青色光でcAMP上昇をそれぞれ誘導する実験系を構築し、素早く顕著なシナプス増強を誘導する技術を開発しました。
● このシナプス増強はプレシナプス性のメカニズムによって誘導されることを明らかにしました。
● プレシナプス局在型bPACはin vivoでの光操作に有用であることを実証しました。

 本研究は、AMED 脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(Brain/MINDS)) などの支援を受けたものです。

論文情報
 雑誌名: Cell Reports Methods
 論文タイトル: All-optical presynaptic plasticity induction by photoactivated adenylyl cyclase targeted to axon terminals
 著者:永瀬将志1, 永嶋宇1, 浜田駿2, 森島美絵子1, 遠山卓1, 有馬史子1, 日吉加菜映1, 平野知葉2, 大塚稔久2*, 渡部文子1* (*責任著者)
  1.東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床医学研究所
  2.山梨大学 大学院総合研究部 生化学講座第一教室
DOI: 10.1016/j.crmeth.2024.100740
   
 研究の詳細

1. 背景
 細胞内シグナル伝達系はさまざまな細胞で重要な役割を担います。中枢神経系では、多様な脳機能のために細胞内シグナル伝達系が時間的・空間的に緻密に制御されています。特にシナプス可塑性は、脳の柔軟な機能を支える基礎過程であり、例えばプレシナプスの環状アデノシン一リン酸 (cAMP) は、神経伝達物質の放出を促進することでシナプス可塑性を制御します。高い極性をもつ神経細胞では細胞内シグナル伝達系を特定のマイクロドメインで制御することが重要です。そこで本研究では、細胞内シグナル伝達系の光遺伝学ツールである光活性化アデニル酸シクラーゼ (bPAC) に着目し、bPACをプレシナプスに局在化させる手法の開発に取り組みました。

2.手法と成果
 bPACをプレシナプスに局在化させるために、プレシナプス分子であるsynapsin1aを融合させたbPAC-Syn1aを作製したところ、プレシナプス終末に高い選択性で局在化することを発見しました。さらに、赤色光で活性化される、長波長シフト変異型光活性化陽イオンチャネルのC1ChrimsonSAと、bPAC-Syn1a (青色光で活性化) を組み合わせることで、赤色光でシナプス活動を、青色光でcAMP上昇をそれぞれ誘導する実験系を構築し、素早く顕著なシナプス増強を全光学的に誘導する技術開発に成功しました。このシナプス増強は神経伝達物質の放出確率の増加を伴ったことから、プレシナプス性のメカニズムによって誘導されることを明らかにしました。また、bPAC-Syn1aを脳内に発現させたマウスに光刺激を与えることで行動変容が生じたことから、bPAC-Syn1aがin vivoでの細胞内シグナル伝達系の光操作に有用であることを実証しました(図1)。

3.今後の応用、展開
 プレシナプスのcAMPシグナル伝達系は、記憶・学習の基礎過程であるシナプス可塑性や、軸索伸長など、さまざまな機能を制御しています。本研究で開発したプレシナプス局在型bPAC-Syn1aはin vitroやin vivoにおいて、これらのcAMP依存的な機能の制御に有用なツールであると期待されます。また、全光学的なシナプス増強誘導技術を活用することによって、シナプス可塑性と脳機能との因果関係に迫る研究に繋がることが期待されます。

4.用語説明
● 光遺伝学: 光活性化タンパク質を遺伝学的手法によって神経細胞などに発現させ、活動や機能を光で制御する技術です。代表的な光活性化タンパク質として、微生物から単離された光活性化陽イオンチャネルであるチャネルロドプシンが広く用いられています。赤色光で活性化される光活性化陽イオンチャネルとしてChrimsonが単離されており、本研究ではその長波長シフト変異型のC1ChrimsonSAを用いました。
● 光活性化アデニル酸シクラーゼ (photoactivated adenylyl cyclase, PAC): ミドリムシなどから単離された光活性化タンパク質で、青色光によってcAMPを増加させます。本研究ではBeggiatoa由来のPAC (bPAC) を用いました。

以上

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