現代社会にメス~外科医が識者に問う

国際社会が迫る「選択的夫婦別姓」
~日本にとって最善の選択は何か~ 一般社団法人あすには代表理事 井田奈穂さん(下)

 「選択的夫婦別姓」の法改正の議論がここにきて活発化している。家族に関わる制度は人々の日常に直結し、社会の在り方にも大きな影響を及ぼす。海外では次々と法改正が行われる中、外圧に惑わされることなく、日本の社会の安定や発展のために「選択的夫婦別姓」は本当に最善の選択なのか、国民一人一人が関心を持ち、方向性を見いだしていく必要がある。8割超の国民が「選択制」に賛成️*1を示しているにもかかわらず、法改正が進まない理由や問題の本質について、選択的夫婦別姓の法制化を目指して活動を続ける一般社団法人あすには代表理事の井田奈穂さんに話を聞いた。

 ◇国連勧告による法改正の流れ

 河野 海外ではなぜ夫婦別姓が進んだのでしょうか。

井田奈穂さん

 井田 1970年代に国連の女性差別撤廃委員会から「夫婦同姓の強制は実質的に女性に改姓を強いる差別法であり、互いの選択肢は同等でなければならない」といった勧告が出されました。これに従い、夫婦同姓のみだった国は次々と法改正を行いました。米国は75年、スウェーデンは82年に姓に関する法律が改正、ドイツでは93年に婚姻法が改正、夫婦が結婚後もそれぞれの姓を保つことが認められました。フランス、スペイン、ベルギー、中国、韓国は個人のアイデンティティーや家族の継承を尊重する伝統があり、原則別姓です。

 現在、世界で夫婦同姓を義務付けている国は日本だけです。国連から「法改正すべきだ」という勧告をたびたび受け、96年に法制審議会が選択的夫婦別姓制度を含む「民法の一部を改正する法律案要綱」を答申しました。しかし、自民党の保守層からの猛烈な反対があり、国会提出が見送られました。現在も反対議員は真摯(しんし)な対話を避け、一方通行の議論に終始しています。このような態度により国際社会からは「日本は国内の人権保護に関心が薄い国」と受け止められています。他の国が男女の賃金格差を無くしたり、クオータ制を制定させたりと、どんどん前に進んでいる中、日本はずっと同じところに立ち止まっているのです。

世界各国の制度改正の状況

 ◇夫婦別姓がもたらした社会の変化

河野恵美子医師

 河野 法改正を行った国は社会に影響はあったのでしょうか。

 井田 例えば、ギリシャはもともと夫婦同姓でした。日本と同じように保守層からの反対の中、1983年に夫婦別姓を義務化し改姓禁止法が施行されました。施行後、女性の大学進学率や社会進出率が上がったと英国のBBCが報じています。ビジネスの面では大学卒業後、キャリアをキープする女性やトップ層の女性が増え、学術面では女性の論文数が増えるという結果をもたらしました。法改正により、ギリシャの女性は姓とキャリアのジレンマから解放されたと言ってもよいでしょう。

 ◇自分の名前で高めた自己肯定感

 河野 自分の名前を維持することで女性の意識が変わったということですか。

 井田 自分の名前を維持することは個人の尊厳を守ることでもあり、自分のキャリアを積むベースがあることで自己肯定感が高まったのではないでしょうか。結婚したら夫の従属物になるという意識が女性たちの中から消え去り、行動へとつながったのだと思います。ただ、相手の姓に改姓したい人たちの希望を踏まえ、現在は選択的夫婦別姓になっています。お互いの希望が尊重されたベストな法改正でしょう。

 ◇名字を超えた真の夫婦の絆

 河野 選択的夫婦別姓のデメリットはありますか。

 井田 選択制なので、従来の夫か妻の氏の二択に「別姓」という選択肢が加わるだけでデメリットは考えにくいです。ただ、強制的にでも相手に自分の姓を名乗ってほしい人にとってはデメリットと感じるかもしれません。また、夫婦の名字が違うことで家族の一体感や家族のきずなが失われることを心配される人もいらっしゃいますが、先ほどの世論調査でも6割以上が「家族の一体感やきずなに影響はないと思う」と回答しています。

 どちらにしてもすべての人が別姓を選択するわけではありません。相手の姓を名乗りたい、同じ姓で家族の一体感を保ちたいと考える人もいらっしゃいます。同じ考えや価値観を持つ相手を選べばよいのです。

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