現代社会にメス~外科医が識者に問う

国際社会が迫る「選択的夫婦別姓」
~日本にとって最善の選択は何か~ 一般社団法人あすには代表理事 井田奈穂さん(下)

 ◇「家父長制」を引きずる世代の弊害

 河野 若い人の意識も変わってきているのでしょうか。

井田奈穂さん

井田奈穂さん

 井田 2023年にBIGLOBEが行った調査*2によると、男女に関係なく若い世代の4割が改姓したくないと回答しています。さらに、「選択的夫婦別姓であれば結婚したい」、あるいは「可能であれば別姓にしたい」と回答した既婚者は4割です。4割が必要としている選択肢を、一部の議員たちが若い世代から奪って自分たちの古い考えを押し付けているとしか思えません。

 反対されているのは、家父長制の家族の形を刷り込まれてきた世代で、新しい考えを受け入れる余地がない人が多いようです。「妻は自分の名字になるべきだ」「別姓は子供がかわいそう」とおっしゃる人の中には「自分の娘が姓を変えたくないならそれは認める」と言います。つまり、妻と娘は自分の従属物で、従属物である自分の娘が自分の姓を名乗り続けるなら賛成という人も結構います。1947年の民法改正で男女平等になっても、家の存続のための「家父長制」を引きずっていると思われます。

 今の民法は男女にかかわらず、きょうだいが平等に相続されます。家督相続がないにもかかわらず、今も長男が家督を継ぐかのような考えを持ち、長男の嫁が改姓しないと「自分たちの介護はどうなるんだ」と慌てる人もいます。介護義務があるのは実子のみで、兄弟姉妹で考えればいいことを改姓したら嫁がやるものだと思っている人が多いのです。

 ◇制度化が進まない一番の理由

 河野 夫婦別姓に世論の圧倒多数が賛成しているにもかかわらず、制度化が進まないのはなぜでしょうか。

 井田 決定権を持つところに古い考えの男性が多いとどうしても女性に平等な社会になりづらいのです。2015年の第1次夫婦別姓裁判の時、最高裁の判事でさえも、当時職務上、結婚したら改姓を強いられていました。15人いる裁判官のうち自身のキャリアの分断を経験した女性判事3人を含む5人が違憲と判断しました。結果的には合憲となり棄却されましたが、この判決は社会的に大きなインパクトを与えました。

 アイデンティティーの問題は、その個人の濃淡はあっても、毀損(きそん)されたくないという個人の思いを尊重する法律になっていくべきなのではないかと思います。

 ◇2025年法改正の実現に向けて

 河野 今後はどのような活動を考えていますか。

 井田 2025年までに何としても法改正を実現したいと考えています。それには国連の勧告がしっかりと出されることが重要なので、今年の10月、ジュネーブで行われる審査の場にNGOのレポートを携えて国際アドボカシーにも初挑戦します。

 選択制になったからといって、社会がドラスチックに変わるかというとそうではないと思います。少なくとも家庭内の序列や上下関係がなく、名字が違っても互いを尊重し認め合う、多様性に富んだ新しい家族の形となる最初の一歩だと信じています。

 私たちの国際アドボカシーを応援してくださる方は、ぜひクラウドファンディングにご協力下さい。

 聞き手・企画:河野恵美子(大阪医科薬科大学 医師)、文・構成:稲垣麻里子

 井田奈穂(いだ・なほ) 一般社団法人あすには代表理事。18年末に立ち上げた当事者団体「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」を前身に、23年法人化。約800人のメンバー登録者と、地方議会・国会に選択的夫婦別姓の法制化を働き掛けている。25年までの法制化を実現するため、24年10月ジュネーブで開催の国連女性差別撤廃条約に基づく日本審査にNGOとして参加予定。

【法改正まであと一歩】選択的夫婦別姓を実現させたい!#世界と変えよう大作戦 https://camp-fire.jp/projects/view/768024

 河野恵美子(こうの・えみこ) 大阪医科薬科大学一般・消化器外科医師 01年宮崎大学を卒業。06年に出産し、1年3カ月の専業主婦を経て復帰。11年「外科医の手プロジェクト」を立ち上げ手術器具の研究を開始、15年に2人の女性外科医と消化器外科の女性医師を支援する団体「AEGIS-Women」を設立。20年に内閣府男女共同参画局「令和2年度女性のチャレンジ賞」を受賞。22年「手術執刀経験の男女格差」の論文をJAMA Surgeryに発表。同年、パブリックリソース財団「女性リーダー支援基金~一粒の麦~」を受賞。厚生労働省医学部生向け労働法教育事業の委員。TEDxNambaにも出演。

*1 「家族の法制に関する世論調査」2022年内閣府世論調査

https://survey.gov-online.go.jp/r03/r03-kazoku/2-2.html

*2 「あしたメディア by BIGLOBE」「2023年若年層の意識調査」

https://www.biglobe.co.jp/pressroom/info/2023/10/231010-1

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