「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

なぜ、日本はコロナ感染者の致死率が低いのか
~医療従事者の献身的対応の成果も~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第26回】

 新型コロナウイルスのデルタ株が世界的に拡大しています。日本でもこのウイルスによる第5波が流行中で、緊急事態宣言やまん延等防止措置が多くの自治体で発令されていますが、流行が収まらない状況です。そんな中、俳優の千葉真一さんが亡くなったり、感染した妊婦さんの出産した赤ちゃんが死亡したりするなど、痛ましいニュースが続いています。その一方、第5波ではコロナ感染で死亡する人の数が、今までの流行に比べて大変少ない状況です。世界的に見ても、日本は新型コロナの致死率が低い国と言えるでしょう。そこで、今回のコラムでは日本でコロナ感染者の致死率がなぜ低いかを検討してみます。

北海道大学病院でコロナ患者を手当する医療従事者=2021年8月3日AFP時事

北海道大学病院でコロナ患者を手当する医療従事者=2021年8月3日AFP時事

 ◇日本のコロナ感染者数と致死率

 米国のジョンズ・ホプキンス大学が流行当初から世界各国のコロナ流行状況を報告しています。このデータの表示方法が最近更新され、過去28日間の感染者数順に掲載されるようになりました。その結果、第1番目は米国で約324万人、2番目がインドで約105万人となっています(2021年8月23日時点)。他にもインドネシア、タイ、マレーシアなど、今まで感染者数が少なかった東南アジアの国々が上位に上がっています。

 この中で日本は第14番目に入っており、感染者数は約42万人でした。日本は東南アジアの国々と共に感染者数の少ない国とされていましたが、デルタ株の流行により、欧米諸国並みの感染者数が発生するようになりました。一方、感染者数と共に過去28日間の死亡者数も掲載されていますが、この数が日本は約500人と、他の上位国に比べて大変少なくなっています。感染者の中で死亡者の占める割合を致死率と呼びますが、その数が日本は過去28日間で0.1%なのです。この致死率は感染者数の最も多い米国で0.5%、コロナワクチン接種が完了してきた英国で0.3%、インドネシアに至っては5.2%という数値になっています。

 ◇デルタ株の重症度とワクチン効果

 現在、世界のほとんどの国で流行している変異株はデルタ株で、日本でもそれは同様です。このデルタ株の重症度が高くなっているとする報告が、英国やカナダから出されています。今年4月、インドで大流行した時の状況や、現在のインドネシアなど東南アジアでの流行状況を見ると、デルタ株の重症度が従来のウイルスに比べて高い可能性は十分にあるでしょう。

 それにもかかわらず、日本で致死率が低い理由として、ワクチンの効果が挙げられます。現在、日本で使用されているファイザーやモデルナのワクチンは、デルタ株による発症予防効果がやや低下していますが、重症化を予防する効果は保たれています。日本では高齢者のワクチン接種率が8割以上に達しているため、重症化しやすい高齢者の感染者が少なくなるとともに、感染しても重症化しなくなりました。この結果、死亡する人も減ったというわけです。

 では、日本の第5波で重症者数は少ないのでしょうか。重症者数の増加スピードは今までに比べて遅くなっているようですが、デルタ株は若い世代であっても重症になる人がいるため、次第に重症者数が増えています。そして、これが最近のコロナ病床の逼迫(ひっぱく)や自宅療養中の状態悪化を招いています。

 このように重症者は増えているにもかかわらず、死亡する人が少ないという日本の状況は、ワクチンの効果だけでは説明できないのです。

 ◇英国では重症者数も少なくなっている

 英国ではコロナワクチンの接種がかなり進んでおり、国民の6割以上が接種を完了しています。こうした状況にもかかわらず、英国ではデルタ株による感染者が毎日3万人前後発生しています。英国ではファイザー、モデルナ、アストラゼネカのワクチンが用いられていますが、過去にワクチン接種を受けた人が発症するケースも見られます。このため、英国ではワクチンの追加接種を行う予定です。

 一方、英国では重症者数がほとんど増加しておらず、医療の逼迫も見られていません。これはワクチンの重症化予防効果が保たれているためと考えられています。こうした状況により、英国では7月中旬から流行拡大防止のための各種制限の緩和を開始しました。これに伴って、感染者数が急増したり、重症者数が増えたりすることは起きていません。ここまで新型コロナと共存した生活ができるのは、ワクチン接種が6割以上に達した効果だと思います。日本では国民全体の接種完了率が4割なので、英国のように緩和をするには、さらに接種を拡大していく必要があります。

渋谷を行き交う人たち=2021年8月13日

渋谷を行き交う人たち=2021年8月13日

 ◇医療機関での重症者対応が奏功か

 このように英国では高いワクチン接種率により、感染者は発生していても重症化する人が少なく、その結果として死亡者数が少なくなっています。ところが、日本は接種率がまだ4割程度にもかかわらず、致死率が英国より低いわけです。これは、日本の医療機関などで重症患者の医療対応が懸命に行われている成果だと思います。

 日本では自宅療養者対応の遅れや病床提供体制の不備など、コロナ対応の問題点が数多く指摘されています。こうした問題について解決策を考えていくことはもちろん大切ですが、死亡者数を増やさないという究極的な目的を達成するために、日本では医療従事者や保健所関係者が身を削りながら奮闘していることも事実です。

 この背景にあるのは、日本独特の「医療を国民に平等に提供する」という思想であり、それを実践するために全国に配置された医療設備ではないかと思います。しかし、こうした医療従事者たちの献身的な対応も極限に達しています。できるだけ速く、重症患者を診療できる医療施設の増設を政府や自治体にお願いしたいと思います。それと同時に、ワクチン接種率6割以上という目標に達するまでは、医療従事者や保健所関係者に奮闘をお願いするしかありません。

 新型コロナの流行を契機にして、各国の医療制度が再評価されています。日本の医療制度は感染症対応や救急対応に適していないという意見も聞かれますが、私は日本の医療制度の良い面を考えることも、今後のためには有益だと思います。(了)


濱田篤郎 特任教授

濱田篤郎 特任教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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