こちら診察室 熱中症と対策

例年以上に熱中症に弱い夏
~コロナに症状類似、医療現場に混乱~ 第1回

 熱中症は、古くは江戸時代からあったことが記録として残っています。近年、地球の温暖化と日本社会の高齢化に伴い、熱中症の患者数は増加しています。熱中症は、脱水症と異常高体温の二つにより起こります。

猛暑の中、日傘を差して歩く人たち=2020年8月

猛暑の中、日傘を差して歩く人たち=2020年8月

 ◇重い熱中症はコロナ症状に類似

 熱中症を知るには、まずは脱水症を知ることです。脱水症は、微熱、喉の渇きや倦怠(けんたい)感に加え、主に脳神経の異常(集中力低下、眠気、頭痛など)、消化器の異常(食欲不振、気持ち悪さ、下痢便秘など)、筋肉・関節の異常(筋肉・関節痛、筋力低下、こむら返りなど)として現れます。身近な脱水症の症状としては、皆さんなら朝の寝起きや二日酔いなどを想像すると分かりやすいでしょう。

 熱中症では、このような脱水症が暑さによって起こります。重篤な熱中症では、脱水症の症状に異常高体温の症状である40度近い発熱、けいれん、意識障害などが加わります。これらの症状は、実は新型コロナウイルス感染症の症状に非常に類似しています。毎日のように報道されている通り、今、医療現場は新型コロナウイルス感染対策に追われています。

 そんな状況で、新たに熱中症による病院への搬送者および受診者が増加したらどうなるでしょうか。当然、患者数の増加によって現場の医療従事者の負担は増加します。さらには、熱中症新型コロナウイルス感染症の症状が類似していることから、現場に混乱が生じます。

 実際に、当院でも昨年の熱中症シーズン中では、救急車の搬送がスムーズに進まなかった事例もありました。このようなことが起こらないように、市民の皆さんには、しっかりと熱中症を予防して、医療現場の負担を少しでも減らしていただきたいと考えます。熱中症は予防効果が大きな病気です。正しい予防策を講じて、市民の手で熱中症を予防していきましょう。

 ◇昨夏は減少

 2020年の夏(昨夏)は、新型コロナウイルス感染拡大の中で迎える初めての夏でした。

 全国の傾向が消防庁の統計から明らかにされています。2020年6~9月に熱中症で救急搬送された人数は、全国で6万4,869人と19年の同期より2,000人少ない結果になりました。

 また、高齢者の割合が増加した一方、少年(7~18歳未満)の割合は、19年の約3分の2に低下していました。重症度では軽症がやや減り、中等症がやや増加していました。

 これらの結果から、外出自粛により屋外(外出中)で起きる熱中症者数が減ったこと、軽症者は病院受診による感染機会を回避したために受診しなかった可能性があること、などが推察できます。しかし、今夏はどうでしょうか。もちろん暑く長い夏であれば熱中症者数は増えるでしょう。そして、外出自粛への慣れの影響で、昨年のように自粛が厳格に守られなくなると、屋外での熱中症者数が増えることも危惧されます。

(図1)

(図1)

 ◇外出自粛や在宅勤務で筋肉減

 この夏、私たちが例年よりも熱中症になりやすい環境に置かれていることに注意が必要です。その理由は、外出自粛による筋肉量の減少と暑熱順化(しょねつじゅんか)の遅れです。

 私たちの身体にある水分の40%は筋肉に蓄えられています。筋肉量は20歳代をピークに加齢と共に減少してきます。筋肉量の減少スピードは、女性では1年で0.9%減、男性では1年で0.6%減とされています。筋肉は、身体を動かさないことにより、下半身から減少していきます。病院に入院している患者さんで調査した結果からは、1日ベッド上で安静にしていると、筋肉量の減少スピードは高齢者では1日に0.5%減、若者でも0.4%減とされています。男性の加齢による筋肉量の減少量と同等の減少が、1日安静にしていただけで起きてしまうのです。

 つまり、外出自粛や在宅でのテレワークにより外出や通勤を控えることで、私たちの筋肉量が減少してしまっていることが予想されます。筋肉量が減少することで、体内の水分量も減少し、その結果として脱水症、熱中症にかかりやすくなるのです。特に、加齢によって体液量は減少していますので、高齢な方ほど脱水症になりやすいので注意が必要です(図1)。

 そして、外出自粛により私たちの身体は暑熱順化ができていない状況にあります。

(図2)

(図2)

 ◇早い梅雨入りもリスク

 暑熱順化とは、簡単に表現しますと「暑さに身体が慣れること」です。私たちの身体は、日本の四季に対応してさまざまな順化を繰り返しています。寒い時期には寒冷順化をしています。さて、身体が暑熱順化できていると、暑い環境に置かれたときに次のような反応を起こして体温の上昇を防いでくれます。汗をかくこと(発汗)により気化熱(打ち水効果)を利用して体温を下げます(図2)。また、皮膚血管を拡張させて(皮膚が赤く火照る現象によって)身体の表面から空気中に熱を逃がす熱放散により体温を下げます(図3)。この反応が鈍ると、つまり暑熱順化が遅れると、身体に熱がこもり、熱中症にかかりやすくなるのです。

(図3)

(図3)

 例年ですと、私たちは大型連休が明けてから梅雨に入るころまでの暑さの変化に伴い、暑熱順化していきます。しかし、今年のように梅雨の到来が早い場合には、暑熱順化の期間が例年よりも短くなります。今年は、外出自粛と早い梅雨の到来によって、梅雨明けからの暑さに備えた十分な暑熱順化ができていない可能性があります。

 以上のように、今夏は外出自粛に加え、早い梅雨の時期の到来が加わり、私たちの身体は例年以上に熱中症に弱い状態で夏を迎えることになりそうです。そして、昨夏も言われていましたマスクを常時着用することによる熱中症発症リスクも加わります。熱中症に対する正しい知識を持って、予防と対策に努めていきましょう。(了)

谷口英喜医師

谷口英喜医師

 谷口英喜(たにぐち・ひでき)

 麻酔科医師 医学博士
 済生会横浜市東部病院 患者支援センター長兼栄養部部長。1991年、福島県立医科大学医学部を卒業。専門は麻酔・集中治療、経口補水療法、体液管理、臨床栄養、周術期体液・栄養管理など。麻酔科認定指導医、日本集中治療医学会専門医、日本救急医学会専門医、東京医療保健大学大学院客員教授、「かくれ脱水」委員会副委員長を併任。脱水症・熱中症・周術期管理の専門家として、テレビ、ラジオに多数出演。年に1冊のペースで、水電解質、経口補療法に関する著書を出版。2021年6月に「はじめてとりくむ水・電解質の管理 上下2巻」を発売。

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