「医」の最前線 希少疾患治療の最前線

早めに炎症性腸疾患の専門医に
~クローン病・希少疾患その3~ 金井隆典・慶応大学医学部消化器内科教授

 指定難病数は11月現在、338に上る。「パーキンソン病」や「潰瘍性大腸炎」など有名人が患ったことから、一般に広く知られている病名もあるが、一度も聞いたことがないような病名も数多い。全体像が明らかな疾患はごくわずかで、未解決の課題も山積している。「希少疾患」に対する最新の治療方法や課題について紹介する。(取材・構成 ジャーナリスト・中山あゆみ)


金井隆典・慶応大学医学部消化器内科教授

金井隆典・慶応大学医学部消化器内科教授

 クローン病は、口から肛門までの消化管に炎症が起こり、腹痛や下痢、痔などの症状が現れる病気だ。10~20代の若い世代で多く発症するが、適切な治療にたどり着くまでに時間がかかり、悪化してしまうケースが多いことが問題になっている。慶応大学医学部消化器内科の金井隆典教授は「新しい治療薬が次々と開発され、落ち着いた状態(寛解)を維持して、勉強や仕事、妊娠、出産など、自分のやりたいことを諦めずに済むことが増えています。より良い状態を保つためにも早期発見が重要。気になる症状があれば、早めに炎症性腸疾患の専門医を受診してください」と呼び掛ける。

 ◆若い世代を突然、襲う

 クローン病は、炎症性腸疾患の一つで、口から肛門までのすべての消化管に炎症が起こる可能性がある。大腸型、小腸型、大腸・小腸型の三つのタイプがあり、腹痛や下痢発熱、痔などの症状を引き起こす。

 病名のクローンは、1910年にこの病気を発見したニューヨークの医師の名前だ。この100年の間に、欧米から先進国を中心に世界中に広まり、日本でも患者数が増え続けている。全国に約4万人の患者がおり、主な発症年齢は10~20代、男女比は2対1で男性に多い。

 「学生や就職したばかり、結婚したばかりの多感な若い世代に発症し、診断されたら非常にショックを受けますが、医学の進歩でかなりコントロールしやすくなってきて、9割くらいの人は治療を続けながら普通の生活を送っています」

 はっきりした原因は分かっていないが、何らかの免疫異常によって免疫反応が過剰に起こり、炎症が続くと考えられている。先進国で多く見られることから、食生活をはじめとした生活環境の欧米化が影響しているのではないか、ともいわれる。

クローン病と発症年齢(2021年10月の難病情報センターホームページから)

クローン病と発症年齢(2021年10月の難病情報センターホームページから)

 ◆トイレットペーパーに血

 クローン病に気付くきっかけとして、よくあるのが痔だ。痔は中高年世代に多い病気だが、若い世代で起きた場合、別の病気が原因である可能性を疑ったほうがよいという。

 「当科に肛門科のある病院から紹介されてくるケースが非常に多い。あるとき、トイレットペーパーに血が付いていて、びっくりして母親に相談し、肛門科などに連れて行かれるケースが多く見られます。多感な世代ですから、恥ずかしがって、なかなか言いだせないことも多いようです」

 腹痛や下痢などの症状も、よくある不調の一つと軽く考えがちだ。「お腹を壊す頻度が高くなってきた」「平熱が高くなってきた」「疲れやすくなってきた」など、普段と違う感じから発症に気付くことも多いという。

 ◆診断の遅れが問題に

 「もっと早い段階で治療できたら、ここまで悪くならなかったのにと思う症例が後を絶ちません。だいたい9カ月から1年くらい遅くなる。診断の遅れが非常に問題です」

 クローン病の診断には、内視鏡検査が不可欠だ。血液検査で炎症所見(CRP)や栄養状態からクローン病を疑うことはできるが、病変を直接診ることができる内視鏡検査が欠かせない。しかし、腹痛を訴えて、かかりつけ医を受診しても、整腸剤を処方されて様子を見るように言われてしまうことも多いという。

 「患者さん自身が最初に医師にかかるまでに時間がかかる上、医師が検査の必要性を判断するのが遅れてしまうことが、診断が遅くなる主な要因です。早い段階で危険信号をキャッチして、診断に結び付けることが大切です」

 ◆新しい薬が続々と登場

 クローン病は、現段階では根治できる方法がないため、病気の活動期から、できるだけ早く落ち着いた状態(寛解導入)まで持って行き、その状態を保つ(寛解維持)ことが重要だ。5-アミノサリチル酸製剤(5-ASA製剤)、ステロイドなど炎症を抑える薬を組み合わせて治療していくが、次々と新しい治療薬が開発され、コントロールしやすい環境が整ってきている。

 「炎症を起こすたんぱく質(TNF)が特定され、このTNFの活性を抑える薬(抗TNF-α抗体)が登場してから治療を開始すると、3~6カ月で寛解導入ができる人が多くなっています」

 薬物療法で炎症が抑えられず、腸管の狭窄(きょうさく)が生じた場合、手術が必要になる場合もあるが、薬物療法の進歩で手術は減ってきているという。

 「90%くらいの人は、外来通院を続けながら、普通の生活を送っています。いろいろな治療をしても炎症が抑えられずに、入院や手術を余儀なくされる人は5~10%程度。早期に発見し、病勢をコントロールすれば、入院せずに外来だけで治療できる場合が多いのに、間違った治療の結果、かなり悪化して紹介されてくることがよくあります。治療法がどんどん進歩している分野だからこそ、薬を適切に使い分ける技量が必要です。できるだけ早く、炎症性腸疾患に詳しい専門医にかかることが重要です」

 食事制限も緩和傾向

 日常生活では、食事で脂っこいものや刺激物を控え、アルコールを飲みすぎない、禁煙するなどの指導が行われる。かつては、食事制限が厳しく、鼻から胃に管を通して流動食を流し込む栄養療法が盛んに行われていたが、最近は小児やコントロールがうまくいかない、ごく一部のケースに限られるという。

 「基本的には日本食が良いとされていますが、状態が安定しているときなら、たまには焼き肉を食べてもいい。治療法が進歩したことで、無理な食事制限はしなくて済むことが多くなってきています」

 ◆症状が落ち着いても油断しない

 寛解期に入って症状が落ち着くと、油断しがちだが、治療を中断すれば必ず再発する。

 「治ったときこそ油断しない、ということを説明して寛解維持療法をきちんと行ってもらうためには、医師と患者の信頼関係が非常に重要です」

 寛解期に入れば、妊娠、出産も問題なくできるという。さまざまなライフイベントを病気に邪魔されずに乗り越えていくために、治療の継続が不可欠だ。(了)

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