喉頭がんなどの手術で声帯を失った人の「声」を取り戻す新たな試みが注目されている。手術や特殊な訓練は不要で、マウスピース形の簡易な装置を着けるだけで済む。音質などの課題はあるが、開発者は「自分の声で再び話せる喜びを知ってほしい」と話している。
 声は喉の奥にある声帯を震わせることで発せられる。装置を開発した東京医科歯科大の戸原玄教授によると、声を取り戻す方法は三つあるが、いずれも手術で喉に装置を取り付けたり、特別な訓練を長く行ったりする必要があり困難を伴う。
 「声帯をスピーカーに置き換えればいいのでは」。戸原教授はこの発想を基に、2020年に「Voice Retriever(ボイスレトリーバー=声を取り戻す)」の試作品を完成させた。マウスピースの裏側に付けたスピーカーを有線で外部のスイッチとつなぐ。スイッチを入れると事前録音した本人の「あ」などの音声が流れ、その際に口の形を変えれば、音が変化して自分の「声」となって話せる仕組みだ。録音しておくべき音声は、基本的には「あ」だけで十分という。
 市販品で作ることができるため、装置代を含む初期費用は約10万円で済む。ある程度の訓練は必要だが、従来の方法より身体的な負担は少ない。戸原教授によると、この装置で声を出せる可能性がある人は国内だけでも数万人規模になるという。
 ただ、課題もある。音声と同時にノイズが出ることに加え、抑揚を付けにくいため「棒読み」に聞こえてしまう。スピーカーのバッテリーは口内に入れると危険なため有線でつなぐが、ケーブルが口からはみ出ることも改善が求められる。
 戸原教授は「より高品質なスピーカーならもっと自然な音声になる。音声に抑揚を付けるやり方も開発中だ」と強調。「装置の使い方はオンラインでも習得できる。声を失う前と全く同じ声を復活させることは無理でも、再び楽しくおしゃべりできる喜びを感じてほしい」と話している。 (C)時事通信社